引きこもり

康二は、この三年間ほとんど人と会うことなく、瑠美以外の人間関係を完全に失っていた。パチンコに没頭する毎日が続き、現実から逃避することで、自分を守っているつもりだった。しかし、心の中では孤独と虚無感がどんどん膨らんでいった。時折、アルバイトに挑戦してみるものの、続くことはなく、すぐに辞めてしまう。仕事のストレスや人間関係に耐えられず、再びパチンコの快楽に逃げ込むのが常だった。生活費が不足すると、クレジットカードを使ってその場をしのぐが、借金が増えていくことに対しては無気力な自分がいた。
「このままじゃダメだ…でも、どうしたらいいのか…」
康二は、心の中で葛藤しながらも、行動を起こすことができずにいた。瑠美との時間が彼にとって唯一の救いだったが、それ以外の世界とのつながりを失った彼は、どんどんと引きこもりの生活に陥っていくのだった。康二は精神科医の藤田に言われた一言が、心に刺さった。「仕事できるだろ」という言葉は、彼の内面的な葛藤を浮き彫りにした。障害年金の等級を上げるための努力をしているものの、実際には働かない理由を自分自身で作り上げていた。やる気が出ないのは、仕事に対する興味を失ってしまったからだった。年月は過ぎ、気づけば十年が経過していた。クレジットカードの借金は膨らみ、返済の目処も立たないまま、日々の生活はますます苦しくなっていた。パチンコで一時的な快楽を求めても、結局は自己嫌悪に苛まれる結果となり、悪循環に陥るだけだった。
「このままじゃ本当にまずい…」康二は心の中で繰り返し、焦りと不安を感じていたが、行動には移せずにいた。瑠美との関係も疎遠になり、彼女の助けも受け入れられなくなっていた。逃げ道を失った彼は、ますます引きこもりの生活に浸り込むことになった。かろうじての救いは、引きこもり5年目に新聞配達をやり始めたことだった。引きこもりの生活が続く中、康二はある日、近所の新聞配達の求人を目にした。これがかろうじての救いとなった。最初は不安でいっぱいだったが、朝早く起きて外に出ることで、少しずつ気分が晴れていくのを感じた。新聞を配りながら、周囲の景色や住人の顔を見かけることで、孤独感が和らぎ、徐々に社会との接点を取り戻していった。仕事自体は軽い運動になり、体も少しずつ元気を取り戻していく。最初はわずかな収入だったが、社会とのつながりを感じることで、康二の心にも変化が訪れた。それでも、彼の内面にはまだ葛藤が残っていた。瑠美の存在を思い出し、彼女に連絡を取ろうかと考えることもあったが、なかなか勇気が出ずにいた。しかし、新聞配達を続ける中で、少しずつ自信を取り戻し、前に進むための第一歩を踏み出せるかもしれないと感じるようになっていた。康二は宅配の仕事を見つけ、面接の日を迎えた。緊張しながらも、理事長に会うと、彼の言葉に安心感を覚えた。「精神障害者ということは気にしない。仕事ができればそれでいい」と言われた瞬間、康二は自分の過去を少しだけ忘れることができた。仕事の内容は体力的にも精神的にも充実感を与えてくれた。毎日異なる場所に行き、様々な人と接することで、彼の心は次第に開かれていった。自分が必要とされているという感覚は、長い間感じられなかったものであり、康二はその喜びを噛みしめていた。同時に、瑠美も新たな人生を歩み始めていた。彼女がパチンコから脱し、何かに挑戦しようとしている姿に康二は刺激を受け、互いに支え合う関係が戻りつつあった。康二は瑠美と一緒に未来を描くことを考え、次第に自分自身も新たな一歩を踏み出す勇気が湧いてきた。夜明けの光が、彼の人生に再び差し込んできたのだ。瑠美は非番の日に康二の車の助手席に乗り込むようになった。彼女のサポートは、康二にとって心強い励みとなった。二人で協力して配達をすることで、仕事がより楽しく感じられた。特に郡部の配達は、自然の美しい風景の中を走ることができ、疲れを忘れさせてくれた。多い時には一日400キロも走ることになったが、二人はその距離を苦にすることなく、むしろドライブの楽しさを味わっていた。荷物は少なめだったが、新聞配達を続けることで、康二は充実感を得ていた。瑠美との会話や笑い声が、長年の孤独感を和らげ、康二の心の回復を助けていた。二人はお互いの存在がどれほど大切かを再確認し、少しずつ前向きな未来を見据えるようになっていた。康二は、瑠美と共に走る道が、彼にとって新たな希望の道であることを実感していた。康二は配達の仕事を続けていたが、経費の面で苦しむようになった。ガソリン代の高騰や、代車としてあてがわれたポンコツ車のトラブルが重なり、ついには衝突事故を起こしてしまった。その瞬間、康二は自分の無力さを痛感した。事故の後、康二はスパッと退職を決意した。もう還暦間近で、社会復帰の道を模索することが難しいと感じていた。長い間、病気や経済的な問題に苦しんできた彼にとって、再び新しい環境で働くことは大きなストレスとなるだろう。康二は、自分の心と体を守るため、第二の人生を静かに過ごす決意を固めた。瑠美との時間を大切にしながら、少しずつ自分のペースで生きていくことにした。社会の枠から外れた生活を選び、穏やかに過ごすことが康二にとっての新しい道となった。