教室の騒がしさに気付きながらも,それどころではない私は席につき,顔を覆う。
同じものは2つとない。
あんなに大切に,ずっと,ずっと私と学生生活を乗りきってきたのに。
登校初日もあんまり上手くいかなった。
そんな場所でもう,がんばれな
「ねえ」
女の子には出せない,男の子の高めの声が聞こえる。
なに?
クラスメートの誰かかなと思いながら顔を挙げて,私は目を見開いた。
そうだ,どこかで聞いたこの声は
「これ,昨日落としたでしょ」
第3校舎で出会った,華奢で綺麗で,ついでにいじわるで冷たい先輩。
教室が騒がしかったのは,この人の存在が原因だろう。
一瞬わざわざ昨日の事に文句を言いに来たのかと思ったけど,すぐに違うのだと分かった。
先輩が差し出してきた右手には,私が傷心していた理由が乗っている。
茶色い熊の,ぬいぐるみキーホルダー。
「どうして」
「別に」
目を奪われたままぼんやりと尋ねた私に,先輩はつんとして答えた。
昨日よりずっとまともに会話が出来ている。
「キーホルダーが可哀想だったから。僕,可愛いものは大好きなの。貰っちゃおーかと思ったけど……洋服,きみが作ったの」
キーホルダーをうけとり,私は先輩からの思いがけない問いかけに,私はもう一度先輩へと視線を移し,見上げながら頷く。
「悪くないじゃん」
ふいっと逸らされた顔。
横を向いた先輩に,私は褒められた。
ありがとうも,何だかおかしな気がして。
困惑した私は,またいつもの間を作ってしまう。
黙る私に,先輩がぽつりと言った。