「行ってきまーす」
 8月上旬の朝、私は今日もきっちり9時45分に家を出た。

 ……暑いなぁ。
 まだ自転車を漕ぎ始めたばかりだというのに、早くもため息が漏れる。

 今日の最高気温は37度。
 朝のお天気お姉さんの「熱中症には気を付けて」という言葉は一週間連続で聞いている。

 一体日本はどうなってしまうのか。
 私がおばあちゃんになる頃には夏の平均気温が40度を突破してしまうんじゃないだろうか。
 そんな恐ろしい想像をしながら、サラリーマンの横を通り過ぎ、ばっちりメイクを決めた若い女性とすれ違い、街路樹が植えられた大通りを走る。

 日よけの帽子を被っていても、蒸すような暑さはいかんともしがたい。
 十五分ほど漕いでいる間に、帽子の下にはじんわり汗を掻いていた。

 やがてお洒落な雰囲気のカフェ『陽だまり』に着き、私は所定の位置に自転車を停めた。

『陽だまり』は繁華街から一本外れた細い通り。
 図書館の近くにある。
 帽子を丸めて鞄に入れ、裏口からお店に入り、店長に挨拶してから休憩室へ向かう。

 休憩室の真ん中にはパイプ椅子と長机が置いてあり、たまに、つまめるお菓子があったりする。

 段ボールや備品に囲まれた休憩室の奥にはカーテンで仕切られたスペースがある。
 ここが従業員たちの更衣室だ。
 部屋じゃないから、更衣室じゃなく、更衣スペースっていうのが正しいのかな?

 ともかく、私は更衣室に制服を持ち込んでカーテンを閉めた。
 着ていたTシャツとキュロットを脱ぎ、カフェの制服に袖を通す。
 上は灰色のストライプの半袖シャツ。
 下は黒のラップキュロット、その上に店のロゴマークが入った腰下の紺色エプロンを締める。

 シャツの襟元には黒いリボンをつける。
 ボタンでパチっと留めるだけの簡単なお仕事です。

 ちなみに男子はスカーフタイだ。
 こちらも首に巻いてループに通し、引っ張るだけの簡単スタイル。

 紺色の靴下を履き、ロッカーの下側から黒のパンプスを出して、履いてきた靴をロッカーに入れる。
 セミロングの癖っ毛は後ろで一つに括ってきたから、これ以上何かする必要はない。

 ロッカーの内側についている鏡で髪型をチェックし、最後に更衣室の壁にかけられた全身鏡で全身をチェックする。
 くるりと一周回ってみて、オッケーと頷き、更衣室の外に出てタイムカードを押す。

 打刻時間は10時16分。
 始業時間まで14分ある。

 ギリギリまで休憩室にこもってゆっくりしてもいいんだけれど、私は気にすることなくカウンターの中に入った。