糖分取りすぎ警報‼︎

「明寿咲ぁ〜?引き取り手が見つかったよ〜♪」
お母さんが上機嫌に私の部屋に入ってきたのは、それから3日後のこと。
本当に捨てられるんだ。
そう思うと、現実を受け入れずにこの言葉を待っていたのだと実感する。
だって、この3日間__どう過ごしていたのか、思い出せない。記憶にないから。
「そうなんだ」
私はお母さんの目を見ずに言うけれど、そんなことなんて気にせず、
「うん〜♪」
とニコニコ笑顔で言う。
けれど、次の瞬間、表情が一変した。
「あと2日間で、ここを出て行きなさい。荷物は?まとめたの?出て行くのは、今でもいいんだよ」
「まとめた。から、あと1日だけここにいさせて。これが、娘からの最後のお願いだから」
お母さんはムッとした顔になった__けれど、すぐにふにゃっとした笑顔に戻る。
「まぁ、最後のお願いだし〜?いいでしょう‼︎ 夜ご飯は何食べたい?」
とりつくろった笑顔。
でも、あのときの笑顔に似ている__
『明寿咲、今日は何食べたい?お母さん、何でも作っちゃうよ!』
『えっ、ホント⁉︎ ありがとうっ、お母さん大好き‼︎ 明寿咲はね〜、カップケーキ食べたい‼︎』
『ええ〜?カップケーキ〜?それ、お菓子じゃ〜ん。まぁいいか、作ってあげる!それ以外は?』
あのあと、私は何を答えたっけ。
「…カップケーキ」
気がついたら、ギュッと拳を握りしめて、うつむきながら言っていた。
「わかった〜」
お母さんは偽の笑顔で告げた。
そんな様子を、何事もなかったようにお父さんが私がお小遣いを貯めて買ったマグカップにコーヒーをいれて、微笑みながら見つめていた。
…ううん、何事もなかったんじゃない。だって、これから捨てられるんだよ?笑えるね。
私は、ここ数日間で__狂ってしまったのかもしれない。
あれから、カップケーキを食べた後。
私の好きだったカレーライスを食べて、就寝…
しようと思ったけど、全っ然寝れない!
「はぁ…」
寝るために消しておいた電気も、全てつけて、アルバムを取り出す。
私が生まれた頃の写真__幼稚園に入って、卒園。小学校に入学して…、卒業式でたくさん泣いたなぁ。
ここでこの家族との写真は途切れちゃうんだな。
アルバムはこの家に置いておこうと思ったけど…やっぱり持って行こうかな。
これまでの人生、というか家族の愛は偽りだったけど、私にとって幸せな時間だったはずだから。
でもやっぱり__やり直せるなら、やり直したい。
他の家庭に生まれて…、たくさん本物の愛をもらって。友達と遊んで。恋もして。成長して。家庭をもって。子供と夫と、幸せに暮らして__幸福な最期をむかえたら、どんなによかったんだろう。
そんな理想な人生は、中学生になった時に、崩れた。
「…明日は日曜日かぁ……」
ポツリとつぶやいた一言が、私しかいない部屋に吸い込まれていく。
「苦しい。悲しい。絶望。死にたい」
その言葉は、私のためにあるんじゃないかと思う。
このことを、誰かに言えたらなぁ…。
きっと、ここ数日間、魂が抜けたように過ごしていた。
きっと、千紗にも伝えていないと思う。
けどなんか、なんて表すんだろう…?
千紗にそのことを伝えたことでかえって気を遣われたり、千紗が気を遣ってしまったことであの元気がなくなるのも、悪い気がするんだよね…。
頼れる場所も、頼れる人もいない。
これって…
あー、私、やっぱり…


__死にたいんだ。
気がついたら、私は寝ていた。
鏡を見ると、涙を流した形跡が見られる。
昨日、あの後、寝たんだっけ…?
「明寿咲‼︎ 今日、出て行くって言ったよね⁉︎」
「お母さん…そんな焦らなくていいさ、明寿咲は今日中に出て行くんだから」
「そうだけど…」
お父さんになだめられ、お母さんはグッと拳を握りしめた後、
「お母さんが笑顔でいられる内にでて行った方がいいよ…っ!」
そう告げられた。
私は慌ててキャリーバッグ×2と重くて大きいバッグを背負い、ポーチを首からさげ、帽子をかぶる。
「さよなら、お母さん、お父さん」
実の親に見せる、せいいっぱいの、最後の笑顔だった。
「じゃあな、明寿咲」
「明寿咲…さようなら」
お父さんは苦しまぎれのような一言で。
お母さんは、なんとか『さようなら』を言えたみたいだった。
2人の姿が見えなくなるくらいまで歩き、私は足をとめた。
そして、振り返る。
「さようなら、お母さん、お父さん…永遠に。もうあなたたちと2度と会うことはないでしょう…だけど幸せだった、ありがとう」
親の前で言うことができなかったことを、私はゆっくりと告げた。
そして、教えてもらった道のりに進んでいくと、石橋が見えた。
「ここで私が落ちても__」
そう言って、下を見下ろす。
力強く流れていく水。迫力のある川。
まるで、芯がまっすぐしていて、自分の信じた道を歩く。
私にはないことばかりだ。
って、何川と自分を比べてるんだ。
人間じゃなくても、私に勝てるなんて__私はすごくないけど、自分ってどんなに無気力なのか、よく思い知らされて…、見せつけられてしまった気がした。
「ここで私が死んでも__」
また壊れた笑みが浮かんでくる。
「誰も悲しまないだろうな」
お母さん、お父さんの顔が頭の中に蘇る。
あ、唯一悲しんでくれるかもしれない人、千紗は…どうかな。
でも別に千紗だって元気で明るいし、ツッコミ上手だし。
私といなくたって、すぐに友達ができるだろうな。
「はぁ…死にたい」
新しい家に行く元気がないよ。
だけど、心配かけるわけにはいかないし…。
でも…。
揺れる心。
「もしかして、明寿咲ちゃん?」
「え、誰ですか?」
肩を軽く叩かれ、驚いて振り向く。
なんだか見たことあるような…?
すごくイケメンだ。
「あれ、知らないの?君の親が教えてると思った」
「だから誰ですか⁉︎」
「じゃあ、改めて。俺の名前は、磯崎 龍二(いそざき りゅうじ)。よろしくっ」
いやいや、ばっちりウインク決められても困るんだけど‼︎ ツッコミどころ満載なんだけど‼︎
千紗だったら、絶対ツッコんでるよ‼︎
なんで私の名前を知ってるの⁉︎
なぜいきなり声をかけた⁉︎
どうしてここにいるの〜⁉︎
「お、落ち着いて、明寿咲ちゃん。鼻息荒いよ」
「あの、順番に説明してくれます?」
なんとかそう言うことができた。
こんなに問い詰めたい気持ちなのに、それだけしか言わなかった自分のことをほめたい。
「あー?え、うん。まぁ、単刀直入に言うけど。今日から俺たちは同居する__つまり、同居人ってことだ!」
「ど、ど、同居⁉︎」
びっくりしすぎて、声が裏返ってしまった。
同居なんて、私の想像のはるか上を通っていた。
「そう。親に捨てられた君を、俺たちが引き取ったってわけ〜♪」
「なんでそんなに嬉しそうなの⁉︎」
「だって明寿咲かわいいし。俺んち、男しかいないからさ。どんな子か楽しみにしてたんだよ〜!」
なんだ、このノリは。
ある意味すごい人に引き取ってもらうことになるとは!
「さ、俺んちに案内するよ。さっきも呼び捨てしちゃったけど、呼び捨てでいいよね?うん、ありがとう。俺のことも呼び捨てしていいからね?うん」
誰と会話してるんだ、この人は。
っていうか、男しかいないって…‼︎
どうなるんだろ、私の新生活…‼︎
「お邪魔します…」
「明寿咲連れてきた‼︎」
げ、玄関広い…。
しかも、大声で龍二が叫ぶし…。
「マジ⁉︎ 明寿咲〜♡」
いきなり子犬みたいな男子が駆け寄ってきて、抱きついてきた⁉︎
「ようこそ、磯崎家へ‼︎」
「な、なんか見たことある…」
「ええっ⁉︎ ちょっと、それひどくない⁉︎ 僕、楽しみにしてたのにぃ〜。クラスも同じだし、席も隣なのに⁉︎ あっ、でもここ最近の明寿咲は、元気なかったし…なんも聞こえてないみたいだったね。僕、猛アピールしてたのに〜っ」
も、猛アピールって!
月曜日から、女子からの視線が痛いんじゃ⁉︎
席が隣なのに気がつかなかったなんて…。
「でも、僕たちと兄妹になるのに、『磯崎』じゃなかったよね?なんで?たしか…羽嶋?」
「そう…。それは、私の意志で…学校では、磯崎じゃなかった私でいたいって思ったからなの。親が運動会で、すごく応援してくれた。私をほめてくれた…たくさん、いい思い出があったから」
私がうつむいて言うと、李月は場を和ますように、
「でもっ!これからは自慢できるね、僕と同居してるって」
そ、そんなキラッキラな瞳で見られても困るよ!
「えっ、クラスのみんなに言うの⁉︎」
ふと言われたことを訊き返すと、当然というようにうなずいた。
「もちろん言うよ〜。クラスだけじゃ物足りないよ。学年?ううん、全校に広めちゃうんだからっ‼︎」
「や、やめてよ⁉︎ ホント、色々大変なんだからね⁉︎」
「やめとけよ…お前は…本当に…」
いつの間にか現れた、もうひとりの男の人。
腕を組んだ背の高いその人は、
「龍二も…李月(りづき)も…、まぁ、ようこそ、明寿咲。俺は、研由(けんゆ)」
1番まともそうな人だなぁ。
「明寿咲ぁ〜?敬語は禁止、だからね。僕、こう見えて、怒らすと怖いよぉ〜!僕だって、好きな人にしか見せないカオがあるんだから」
李月が言うと、全然怖そうに見えない…。
しかも、こんな真っ直ぐに言われたの初めて…。
じわじわと赤くなる頬をおさえながら、
「うん!よろしく、みんな。同居してることは、ヒミツにしてね!」
「わかった」
「了解」
わかってくれない人がひとり。
「ヤダ〜!けど、まぁ、明寿咲が嫌がることはしない!だから、言わないよ。安心してっ」
バチッとウインクをキメる。
ちょっと心配だけど…。
「え、ちょっと待って⁉︎ 俺がいないうちに、自己紹介終わってた⁉︎」
まだ来た〜‼︎
この家には男の人は何人いるの⁉︎
「あ、俺、時尾留(とおる)。ま、よろしく」
こ、高身長イケメンだ…。
この人たち…4人全員、イケメン…。
「これから、俺たちは義理の兄妹ってわけだな。今日から、『磯崎 明寿咲』だな」
そっか!
引き取られたってことは、家族になったんだ!
「時尾留、明寿咲は親から全然俺たちのこと教えてもらってないんだ、色々教えてやれ」
龍二が偉そうに言ったのにムッとしたのか、
「お前が教えろよ」
とにらんだ。
でもこれって、仲がいいから軽口をたたきあってる、ってことでいいんだよね?
「じゃ、俺が教える。俺は磯崎家次男。中2。時尾留が長男で中3。三男は龍二で俺と双子だから中2。最後に…四男の李月は明寿咲と同じ、中1」
んん?
なんだかひっかかる。
4人…中3と中2の双子と中1…?
「ええっ⁉︎ もしかして、あなたたちが…ウワサの4兄弟っ⁉︎」
「は?なんだよソレ」
龍二がギュッと眉間に眉をよせる。
いやいや、この人たち、みんなにウワサされてるのを知らないの⁉︎
でも絶対そうだ‼︎
学校のアイドル的存在の4兄弟と、義理の兄妹になるなんて…。しかも同居してるって…‼︎
これはバレたら、色々とマズそうだぞ…。
「と、時尾留さんが来たからもう1回言うけど…絶対に、絶対に同居してるって言わないでね‼︎ ホントお願い‼︎」
「ま、言わなければいいわけだな。了解。なんで言わないようにするのかよくわからんけど」
「とにかく、ありがとう。お願いだからね?それと、私は…みんなのこと、なんて呼べばいいのかな?」
一応、お兄ちゃん、なんだもんね。
ぐるっとみんなを見回すと、
「俺はさっき言った通り、呼び捨てでいい。龍二、な。覚えろよ」
ニヤッとピースサインをつきだす龍二。
「明寿咲っ♡誕生日いつ?」
いきなりぱっちりの李月の瞳に見つめられ、
「え、5月14日だよ」
「じゃあ、僕のほうがせんぱーい!呼び名はなにがいいかな〜。【りづにい】って呼んでよ!」
「はいはい、李月な。俺も呼び捨てでいいから」
研由が苦笑しながら言う。
「えー!そんなあぁ…」
すぐにうるうるの瞳で私に何かを訴えられる。
あ、いいよって言えってこと?
ちょっとイジワルしちゃお。
「ヤダ」
笑顔でそう言うと、
「なんでぇ⁉︎ まぁそんなに嫌ならいいよぉ…ちょっと…ううん、だいぶ悲しいけど…」
「俺も時尾留って呼んで」
悲しむ李月の話をさえぎるように時尾留が言った。
「ずっと玄関に立たせるのも悪いし…あがれよ。ほら」
うわっ、龍二がさらっと重い荷物持ってくれた…。
ひとりでドキドキしていると、
「お嬢様、そんなに重い荷物持って大変でしたね」
と李月が手をとってくれる。
な、なにこれっ‼︎ ドキドキが止まらないんだけどっ‼︎
「そういえば…お父さんとお母さんは?」
「2人は今日から1年間東京に出張だってさ。『明寿咲ちゃんは女の子たから、きっと家事はなんでもできるはず!だから、色々任せるけど、ごめんね、よろしく!』って」
研由が涼しい顔で教えてくれる。
…ええっ⁉︎ 1年間、出張⁉︎ それはどういう…。
「一応、研由が洗濯と掃除はできるけどな…」
待って、今、李月が初めてわんこキャラじゃなかった⁉︎
そんなことより…、この人たち、いったい何を話し出そうとしてるの?
「そ。俺、料理できないんだよね」
「だから、お願いっ‼︎ 明寿咲のお料理食べたいなぁ…」
「今日の夜ご飯、何?」
いつの間にかひょこっと顔を出した龍二。
みんな、私が作ること前提でいたの〜⁉︎
「明寿咲、他に荷物は?」
「あ、ありがとう時尾留…。これ、お願いしてもいい?」
「もちろん」
額にキスをされる。
唇が、触れたところが、熱い…。
熱帯びている。
ドキッとした。
「明寿咲、今、ドキッとしたでしょ」
「な、なんで龍二、わかるの⁉︎ 龍二にされたわけじゃないのに…?」
私は、時尾留にされたんだよ…?き、キスを‼︎
「だって顔に出てるし、真っ赤になってたし、こんなの初めて、みたいな感じだったし」
そんな、バレてたなんて…恥ずかしすぎる。
「も〜‼︎ 照れる明寿咲、めっちゃかわいいんだけどぉ〜‼︎ じゃあ僕が、ファーストキス、奪っちゃおっと」
唇が重なる。
恥ずかしすぎる…。ファーストキス、奪われちゃったし…。
セカンドキスは、今度こそ!好きな人とするんだ‼︎
そう決意した。
義理の兄妹となんて、しないから‼︎
「ここから、俺が明寿咲の部屋に案内するから。研由、洗濯してきて。なぁ、明寿咲?時尾留のきったない部屋、時尾留はもちろんだけど、李月も手伝ってほしいよな?綺麗な部屋、見たいよな?」
わっ、龍二に目で脅されてる‼︎
「う、うん」
「わかった〜!明寿咲の願い、叶えるよっ♡時尾留、すぐ片付けるよ!」
「おまっ、ちょっと…」
時尾留は引きずられるように部屋へと入ってしまった。
研由はうなずいて、どこかへ行った。
「ここが、明寿咲の部屋だから。たぶん、荷物は全部あいつらが運んでくれただろ」
「ありがとう…」
オシャレなベッドだなぁ…。
勉強机も置いてもらって…すごい、この部屋!
「セカンドキスになるけど…」
「ん?」
私が振り返ると、また唇と唇が触れる。
今日、何回キスされてるの〜?
「恥ずかしがる元気あって、よかった」
「え?どういうこと?」
「だって、川を見つめてたとき、『死にたい』なんて言ってたから」
聞かれてたんだ…。
「そんなに苦しんでたんだって思うと、元気つけてほしくてさ…。軽いノリで話しかけて、悪かった」
龍二…。
出会ったときは、なんだこの人。と思ったけど、そんな優しさが隠れていたなんて。
「もっと、この生活に慣れてからでいいけど…いつか、なにがあったかどうしてこうなったか教えてくれる?」
頭をポン、としてくれ、涙が出てきそうになった。
こんな感情、前に消え失せたはずなのに。
「うん」
「泣きたいときは、思いっきり泣ていいんだよ。自分の感情、押し殺さないで」
龍二の優しい言葉に、私は思いっきり、思いっきり泣いた。
「入るぞ〜」
唐突にそんな声がして、振り返る間もなく、時尾留が部屋に入ってくる。
「明寿…っておい!龍二‼︎ なに明寿咲泣かせてんだよ‼︎ 」
涙目の私に驚いたのか、龍二を責めてしまっている。
「違うの。龍二は私のこと、なぐさめてくれてたの」
「なんだ、そういうことか…。びっくりさせんなよ、龍二」
「は?なんで俺?」
龍二のおかげで、場が和んだ。
新生活はどうなるかと思ったけど、今のところは意外と順調、かな。
昨日はさっそく夜ご飯を作って、食べて、お風呂に入って、寝た。
「おはよ〜、朝だよ、明寿咲‼︎」
「んぅ…」
まだ眠い…。
でも、よく寝ることができた気がする…。
「そんなかわいい顔してると、ハグしちゃうよ?」
「えっ、ハグ…⁉︎」 
李月の言った言葉に思わず反応すると、
「あ、おはよ」
と至近距離で微笑まれる。
なっ…!
「もうちょっと寝てたら、遅刻するところだったんだよ」
「どういう…」
あ‼︎ 時計を見たら、7時19分。
学校には、7時30分までには登校しなくちゃいけないのに‼︎
部屋のドアを開けた先には、お腹をすかせた時尾留と、苦笑いの研由、なんともいえない表情の龍二が待っていた。
「待って、本当に遅刻する‼︎ 悪いけど、朝ご飯ぬきで‼︎」
「は…えええ⁉︎ おい、明寿咲!」
龍二の声が追いかけてきたけれど、部屋のドアを強く閉めて、カギをかける。
急いで着替えて、顔を洗い、歯を磨いて…髪を結ぶ。
「いってきます‼︎」
「ま、待って〜!明寿咲、一緒に行こうよ〜!」
全力で走るけど、4人も余裕そうな足取りで私のペースに合わせてる。
こんな姿、誰かに見られたら…!どうすんのよ⁉︎
振り返ると…あれ?
李月が制服を着崩しているように見えるのは…気のせい、かな。
そんなことより、遅れる…‼︎
慌てて教室に駆け込むと、ギリギリセーフ。
李月も涼しい顔で席につく。
「はあ…はぁ…」
「李月くんっ‼︎ 今日はギリギリだったね。いつも1番に教室にいるのに〜」
たぶん、この女の子がクラスのリーダー的存在だ。
髪を巻いて、リップを塗って、軽くお化粧してる。
どれも校則違反だけど、誰も言えていない。
しかも、取り巻きの人をたくさん引き連れている。
私の方をチラッと見た後、
「もしかして、一緒に来たの?」
と甘い声でたずねた。
言わないでよ、李月…‼︎
心の中で必死に願っていると。
「別に。一緒に来たわけじゃねぇし」
え?今、李月の声?
体調が悪い、のかな…?
そうとしか考えられないけど…。
「お前らには関係ないことだろ」
「そんなことないよ〜。私、代表委員じゃん!みんなのことを知る権利があって当然なの〜」
と、とにかくこのリーダーの人には、逆らっちゃマズそう…。
休み時間。
「おはよっ、明寿咲‼︎ 今日は元気があってよかった…!」
千紗が満面の笑みで挨拶をしてくれた。
「え、あ、うん。おはよう。心配かけてごめん」
「ううん〜!元気になったらいいんだよ〜!最近、どうしちゃったの?ずっーと魂がぬけたみたいに過ごしててさ〜。一応、ノートにはうつしてたみたいだけど」
やっぱり、私は千紗の目にはそんなふうにうつってたんだな。
「あぁ…ずっと寝不足で。あんま記憶ないんだよね…」
「え、マジで大丈夫⁉︎ 」
千紗は声のトーンを落とした後、
「あ、じゃああの鬼塚(おにづか)さんのこと、知らないよね?あの人に逆らっちゃホントマズイよ」
と教えてくれた。
「鬼塚さんは、明寿咲の隣の席の磯崎くん…李月くんっていうんだけど。鬼塚さんしかこのクラスで『李月くん』って呼んじゃダメなの。李月くんって言わないように気をつけて。まあ、明寿咲は興味ないでしょうけど。あと、あのクールな磯崎くんのことが好きらしいの。気をつけて」
「はーい」
って、ウソでしょ⁉︎
あの子犬の李月が⁉︎ 学校ではクールだなんて…。
体調が悪いわけじゃないみたい⁉︎
しかも、名前で呼んじゃダメなんて…。
李月くんではなく、李月って呼びそうで怖いよ。
「でね、磯崎くんちは4兄弟!あのウワサの4兄弟のひとりなんだよ‼︎ 5クラスあるうちの1クラスに私たちと磯崎くんがいるって、運命としか思えない…!学園の王子様〜♡」
千紗はイケメン好きだから、一度話したらとまらない。
今までの私だったら、流していたけれど、あの人たち、意外と…ううん、すごく有名人みたい!色々とバレたときが本当にマズイ。気をつけなくちゃ。
「ふーん」
そっけない感じで返したつもりだったけど…
「なんか、頬が緩んでない⁉︎ もしかして、磯崎くんに恋しちゃった⁉︎」
ちょっと、千紗はどこまで鋭いのよ。
恋はしてないけど…頬が緩んでたのは事実かも。
「いやいや、私が恋って…千紗もわかってるでしょ」
「まぁね。でも、今、絶対恋する乙女の顔だった!違うなら、クラスの真ん中にいる磯崎くんが羨ましいんでしょ!」
千紗がそれとも…と続けようとしたけれど、チャイムが鳴って、休み時間は終わってしまった。
放課後、部活の見学にも行かず、家に帰ろうとした私は、とんでもないものを見てしまった。
アイスを食べている2人…ゴミを川に捨てた‼︎
しかも、後ろ姿だけど、私たちの学校の制服。
「ちょっと、なにやってるんですか‼︎」
近づいたら、意外と大きいことに気がついた。
男子、だったし…たぶん、同級生じゃない…。
やってしまった…。
「はぁ?お前…1年か。女子かよ。なんだよ、俺たち3年だぞ。文句あんのか?ってか、お前誰?」
ひとりが睨みつけながら言った。
「1年、磯崎 明寿咲っていいます。川にゴミ捨てるのって、よくないと思います‼︎」
またやっちゃった…。
正論だけど、怖そうな先輩に言っちゃうなんて…。
だけど先輩は、
「磯崎…?お前、磯崎のファン?だからって磯崎って名乗るなんておもしろすぎだろ‼︎ 俺たちに注意した上に磯崎とか名乗るとか!笑えるぜ。俺たち新聞部なんだ。いい記事ができそうだぞ…!写真撮らせろよ。コイツが言ったんだぞっていう証拠を‼︎ 先輩に文句つけたヤツってな!」
ヤバっ…!
腕をガシッとつかまれ、もうひとりはガサガサとカバンをあさっている。
「なにやってんすか」 
驚くほど低い声が聞こえて、一瞬、つかんでいた力が弱まる。
その隙に、さっと抜け出す。
助けてくれたのは、李月だった。
「なにやってんだって、言ってるんだけど。先輩?新聞部だぁ?やっていいことと悪いことがあるだろ」
李月…ギャップがすごい…。
家ではわんこなのに、今は不良って感じだ…。
李月って実は、ダブルフェイスなんだな。
「お、お前も1年だろ‼︎ 先輩にタメ口とかないだろ‼︎ シメてやろうか?」
「じゃあ、俺は兄の時尾留を呼んでやろうか?時尾留に残念がられるだろうな。時尾留の同級生は、こんなことしてるんだってな」
「だ、黙れ」
先輩たちは、ぎりッと奥歯を噛み締めたあと、走って行ってしまった。
「明寿咲、なにやってんの?大丈夫だった〜?でも、ちゃんと注意してエラいよ!だけど、注意しちゃダメなときもあるからね。気をつけて。ほら、帰るよ♡」
…。
……。
いきなりわんこモード、ON ⁉︎
「僕と恋人繋ぎして?」
もう繋いでるじゃん。
上目づかいで見てくるなんて、ズルい。
「ねぇ、明寿咲?」
不意に名前を呼ばれて、ドキッとする。
「うん?」
「僕ね、明寿咲のこと__」
その時。
「おーい!2人とも、部活の見学、行かないの?」
振り返ると、研由が大きく手を振っている。
なんか、研由もキャラ変した⁉︎
「おい、研由…」
わ、また李月が不良っぽくなった。
「お前、自分で立ち上げた科学部で忙しいつってただろ。なんでここにいるんだ?」
科学部って…自分で立ち上げたって…。
すごすぎる‼︎
「いや、そうなんだけど…今日は疲れたから帰りたいって言ったら、いいよって」
「ふーん。女子は大丈夫だったのかよ」
「まあね。ちょっと退けって笑顔で言っておいた」
スゴい…さすが『ウワサの4兄弟』だ。
モテモテだし、『学園の王子様』と呼ばれるのも納得。
「なんでこのタイミングで…研由…お前シメるぞ」
ボソッと李月が言うと、
「は⁉︎ なにが⁉︎ やめろよ」
「じゃあ、今日の夜ご飯ぬきな!」
「もっと嫌だな。夜ご飯を食べないと、メリットもあるけどデメリットもある。太りやすくなるとか、痩せるけど筋肉が落ちるとか。その他、食べたすぎて夢にも出てきたり、ストレスを感じることが増えるとかさ。体調も崩すかもしれない。バランスの良い食事と1日3食、必ず食べる。それが1番いい。このこと全て、朝ご飯でも夜ご飯でもそうだ」
…す、すごい…。
今日、朝食ぬきって悪いことしちゃったな。
でもこれがパッと出てくるって本当にすごい。
当たり前だけど、色々できないことが多いんだよね。
李月は面食らってるみたい。
「はいはい。お前の天才モードいきなり出るな」
「お前もそうだろ‼︎ 人懐っこくてかわいいキャラから、すぐにクールで不良キャラになるし」
仲良くていいな。
きっと、ずっとこの人たちは支え合って生きていくんだろうな。
自分とは違う環境に少し、胸がジクジクした。
「なぁ、明寿咲。俺たちの妹ってこと、忘れんなよ」
研由が唐突に言った。
「あぁ?なんだよ急に」
「明寿咲は俺たちと本当の兄妹じゃないけど…これから、というか、この瞬間から、この瞬間も、か。俺たちの妹だからさ」
すぐに私の感情を読み取った研由がフォローしてくれているのだとわかった。
「兄妹の絆、ってヤツか」
「ま、そういうことにしておいてあげる」
「違うのかよ⁉︎」
まだぎゃーぎゃー言ってる2人を見たら、私もなんだかここに居ていいんだなって…なんだろう…居場所、この言葉がぴったりだ。
やっとステキな居場所を見つけることができた。