「おはよう、明寿咲さん」
教室に入ると、鬼塚さんに挨拶された。昨日は『ちゃん』、だったのに今日は『さん』、だ。
「…鬼塚さん、おはよう」
「また何か用なの?、って顔をしないで。何も言わせないようにするから」
鬼塚さんは私の前にビッ、と1枚の紙をつきつけた。
そこには大きく『羽嶋(はしま) 明寿咲、学園の王子様・磯崎 李月&研由と一緒に下校⁉︎ 熱愛発覚か⁉︎』
という見出し。
羽嶋は、私が学校で名乗っている苗字。
私は元羽嶋家だったから。
「な、何コレ…何かの遊び?やめてよね」
「ふふっ、動揺した?私のお兄ちゃんが撮った証拠写真付きの学校裏新聞。これはさすがに先生には見せられないからね。私がトクベツにもらってきたの〜。前に3人で下校してたところを見たらしいのよ〜。ほらアンタが前、私のお兄ちゃんに注意したとき。李月くんが明寿咲ちゃんをかばったあと、2人で研由先輩と合流したらしいじゃな〜い。ほら、この後ろ姿、アンタでしょ?いったいアンタは学園の王子様方たちとどういう関係なの⁇前はごまかしていたけれど、今日はそういうわけにはいかないよ?ね、あ〜ず〜さちゃんっ!」
私が絶句して黙り込んだとき。
バンッ、と机を叩く音がした。
「明寿咲が気に入らないからって、そんなデタラメな写真使って変なウワサ流さないでよ⁉︎ 明寿咲がかわいそうじゃない‼︎ そもそも、明寿咲が2人と帰ったって証拠はあるの?明寿咲はそんな人たちに興味ないと思うんだけど」
千紗…ごめんね。
私は確かに入学式のときは興味なかった。
けど今は、義理の兄妹となって、同居してるんだよね…。
「はあ?アンタ何?明寿咲明寿咲うるさいんだけど。アンタ関係なくない?逆に、そんなことしてないって証拠はあるの?」
「じゃあ、どっちも証拠はないってことだね。下校してたってことも、してなかったってことも。だから、そういうウワサ流すのやめなよ」
鬼塚さんがギュッと拳を握りしめる。
「この新聞は回収する。だからアンタも明寿咲ちゃんと私の問題には関わらない。それでいいでしょ?」
「でも…」
「千紗、私は大丈夫。だからそんなに気にしないで?」
千紗は渋々といった様子でうなずくと、本当に大丈夫?といった気づかわしげな目でこちらを見つめて来た。
私は小さく首を縦にふる。
「これで解決」
さっきまでのことがウソのようにニコッと笑う鬼塚さん。
「本当に回収してくれるんでしょうねぇ?」
まだ疑わしげな目をむける千紗。
「それは約束だから仕方ない。もうこれでいいでしょ」
「わかった。明寿咲、トイレ着いてきて」
千紗がそう言うと、もうさっきの話題がなくなったから、教室内の空気が和む。
男子ですら、ずっと黙っていた。
というか、ヤンチャな男子たちは外で遊んでいるから、か弱い男子しか残っていない。
学級委員の鬼塚さんには何も言えないみたい。
「うん」
私が返事をすると、トイレではなく空き教室に入った。
「明寿咲、大丈夫?私が休んでたときも、あんなことされてた?」
きっと、トイレは口実だったんだ。
「いや…大丈夫だよ。むしろ、関係ない千紗も巻き込んでしまって、ごめん」
「そんな!明寿咲が困ってるなら、私も一緒に巻き込まれたいよ。っていうか、あの鬼塚‼︎ どんないいがかりよ、学園の王子様と下校してた?ザ!興味なし女子にどんな文句つけんのよ!また困ったことがあれば言ってね」
「あ、ありがとう…」
千紗に隠し事をするのはなんだか申し訳ないけれど、興味なし女子なんてあだ名をつけられちゃったから、余計に言えないよ。
「あの、鬼塚さんのお兄ちゃん、元生徒会長で悪いことばっかりしちゃったからやめさせられたらしいよ。それで心を入れ替えて、新聞部に入ったらしいんだけど…色々おどして自分が部長になって、妹の気に入らない人の記事を作るとかサイテーだよね。まあ、それよりも、確認なんだけど、明寿咲は学園の王子様たちには興味ないよね?誤解したくないから」
「…うん」
そう言うしかないよね。
私は話題を変えるように、
「戻ろうか」
「そうだね」
教室へ戻ると、鬼塚さんが李月と話していた。
ううん、…問い詰めてる?
「李月くん!明寿咲ちゃんとは、どういう関係なの?」
「それ、教える必要ある?お前、しつこいんだけど」
「頑なに教えたくない理由があるの?すごくじれったい」
また教室内の雰囲気がピリピリしてる。
「あ、明寿咲ちゃ〜ん!本人に訊くのが1番手っ取りばやいね。次の休み時間、ちょっとお話聞かせて〜?」
うっ…目をつけられたみたいだ。
前からだけど。
次の休み時間、私はそろりそろりと教室を出る。
ずっとトイレに隠れていよう、そう思って廊下に出たら、グイッと腕を引っ張られる。
「りづ…」
李月じゃない!
空き教室へ連れて来られると、鬼塚さんと鬼塚さんの取り巻きに囲まれた。
「いい加減、アンタと学園の王子様たちの関係を知りたいの。教えないと、私のお兄ちゃんが李月くんにどんなことするか…わからないよ?」
「それは、どういう…?」
「もう!とにかく言いなさい!アンタとどういう関係なの⁉︎ 言わないと、李月くんか他の王子様方が痛い思いするかもよ、ってこと‼︎」
私が言わなかったら…誰かが痛い思いをする?
そんなのって…私が嫉妬されるだけなら、別にいいかもしれない…?
「わかった。私と学園の王子様たちは…同居してる」
鬼塚さんは、目をカッと見開いて、何度かまばたきをする。
「それって…ホント⁉︎ 大ニュースじゃない‼︎ そんなこと教えてくれて、ありがと〜!」
大げさにリアクションをすると、
「これ、特定の人にしか言わないから安心して」
とニッコリ笑う。
その笑顔が、なんだか怖い。
「あの人に言おうかな〜?どの人に言おうかな〜?」
鬼塚さんの『特定の人』に言うことで、私の関係が変わるなんて、思いもしなかったんだ__
放課後、何事もなくむかえられたようにみえたんだけど…。
青白い顔をした千紗を見て、嫌な汗が背中をつたった。
「どうしたの、千紗…」
おそるおそるたずねてみると、
「信じられない…」
魂がぬけたような返事が返ってくる。
「千紗?」
「やめて!」
そういうなり、千紗は荷物をひっつかんで教室を飛び出した。
振り返ると、鬼塚さんがニヤニヤして私を見つめていた。
「私、約束通り、『特定の人』にしか言ってないからね?」
意地悪く鼻で笑うと、私に背を向ける。
私も慌てて千紗を追いかけた。
「千紗‼︎ 待って!」
ようやく見つけた、千紗‼︎
「明寿咲…私、信じたくない…」
「鬼塚さんに…何を言われたの?」
「わかってるでしょ‼︎ 学園の王子様に興味ないっていってたくせに、同居してんの⁉︎ なんで言ってくれなかったの⁉︎ 私、気になる人ができたら、いつでも教えてって…言ったよね⁉︎ 私、明寿咲の本物の親友じゃなかった⁉︎ だから何も言わなかったの⁉︎ それとも、私がなにかした⁉︎」
涙目で、大声で話す千紗。
「私、そこまで追いつめてたなんて…思わなかった…本当に、ごめ…」
「今までのはなんだったの⁉︎ 全部、偽りの友情だった⁉︎ 私、簡単に偽りを使う人、嫌いなんだけど‼︎ こんなんだったら、」
「偽りなんて、1番私がわかってるよ‼︎ 偽りの友情だったわけないじゃん‼︎ 親友にひとつやふたつ、隠し事したっていいよね⁉︎ 全部話さないといけないなんてきまりないから‼︎」
ヒートアップしていくケンカ。
私が、偽りということに、どんなに憎しみを感じたと思ってるの?想像もつかないくらい、苦しんで、悲しんで、それでも前を向いた。
「私こそ、偽りなんて、大っ嫌いだよ‼︎‼︎‼︎‼︎」
これは、千紗に言うべきじゃなかったのかもしれない。
けれど、私が何も考えていなかったわけじゃない。千紗が心配してしまうから、黙っていたのに。隠していたのに。
しかも、興味なし女子なんて言われたら、言えるわけがないよ‼︎‼︎‼︎
私は走り去るようにその場をはなれた。
「ただいま」
その4文字が、苦しかった。
「おかえり、遅かったじゃん」
龍二が心配そうにむかえてくれた。
「大丈夫?すごく…顔色が悪いよ」
李月がヒョコッと部屋から顔を出した。
「1回、落ち着いてあっちで話そう」
研由が何かを悟ったように玄関に来た後、リビングへ行く。
「…手伝う」
時尾留が私のカバンを持ってくれた。
心配かけちゃったな…家に入る前に、笑顔をつくったのに。
リビングの椅子に座ると、4人も腰をおろす。
「で、何があった」
単刀直入に時尾留が腕を組みながら、私を見た。
「親友と…ケンカしちゃった」
どんな反応をするかとみんなを見たら、優しい笑みでうなずいてくれてる。
「それが…、私が親に捨てられたってこと、隠してたからなの。そもそも、私が磯崎家に来てよかったのかな…って」
「明寿咲…」
研由が私の目を真っ直ぐ見すえる。
「みんなはキラキラしてるけど、私、普通のキラキラオーラがないそこらにいる人。好かれない、地味子。こんな私が…4人に心配かけちゃって、親友を傷つけて…もうっ、どうしよう…」
「ほんっと、明寿咲はネガティブだなぁ…龍二から聞いてるよ。俺たちと出会う前は、色々大変だったんだってね?けど心配いらない。だって、俺とか俺とか、明寿咲のこと好きだし」
時尾留がヘラヘラと笑いながらストレートに言ってくる…恥ずかしい。
「俺とか俺とか…って」
私のツッコミも、李月にスルーされる。
「そんなこと言ったら、僕の方が明寿咲のこと、大大だ〜い好きだもんっ!明寿咲って正義感強いよね。鬼塚に言い返してたし」
「お前ら…本題に戻るぞ」
研由が2人に注意すると、
「とか言って、絶対研由も明寿咲のこと、気になってるだろ〜?」
時尾留も負けじと言い返す。
けど2人とも、私を励ますためにそうやって言ってくれるんだろうな。
「俺も明寿咲のこと好きだけど、今は明寿咲ののとを考えないと」
サラリと龍二もほめてくれて、顔が赤くなってる…自信がある。
ピンポーン
突然、玄関のチャイムが鳴る。
「はーい」
私がその場を去り、玄関を開ける。
「えっ…女の子⁉︎」
黒縁メガネのキリッとしたつやのある金髪の女性が、驚いたように私を見つめた。
「はい…女、ですが…」
「わたくし、読者モデルの李月くんのマネージャーなんです。でもまさか、女の子がいるなんて…よかったら、あなたも読者モデルやりませんか⁉︎ あの、今月号のだけでもいいのですが…‼︎」
早口で話す、李月のマネジャーさんという人。
「り、李月〜!マネージャーさんが呼んでるよ」
思わず李月を呼んで、助けを求めると。
「ん。ありがと」
クールモードの李月が、部屋から出てくる。
「李月くん!女の子がいるなんて…教えてくれればよかったのに。そうだっ!お兄ちゃんたちと女の子…名前は?」
「明寿咲です」
「明寿咲ちゃん!で、今月の読モをしてほしいんだけど、どう?」
李月をチラリと見てみると、クールモードの顔の下であきれてる。
自分で決めろ、ってことだよね。
そういえばだけど、李月は読モなんだ…忘れてた。
「み、みんなは?」
振り返ると4人がすでにいて、
「俺、明寿咲次第かな」
「俺も」
「じゃあ、俺も」
研由、龍二、時尾留がそういうなら…
「私、読者モデルしたいです!」
「俺ら3人も、今月号だけ読モになりたいです」
時尾留が代表していうと、李月のマネージャーさんが満足そうにうなずく。
「あ、自己紹介が遅れましたね。申し訳ありません。私は和花(わか)です、よろしくお願いします。さっそくですが、そうですね…撮影現場に移動しましょう‼︎」
車に揺られること40分。
撮影現場というお花畑にやってきた。
「明寿咲ちゃん、この花持って、微笑んで!あ、そうそう、いい感じ‼︎」
バッチリメイクをしてもらい、ひとりで撮った後、研由と撮ることになった。
撮影現場は、スタッフさんが大忙し‼︎
「では、『おでこコツン』で撮りましょう‼︎」
そういう指示が出たから、研由と近づいて、額を合わせる。
カメラが近い…‼︎
ドキドキしながらも、1枚目は無事に撮れたらしい。
「次は遠くから撮るので、そのまま動かないでください‼︎」
そう言われて、カメラやスタッフさんが遠のくと、研由が意地悪に笑う。
「明寿咲の顔、めっちゃ赤い」
「そそそそ、そんなことないし!」
「体調不良…?でも、熱はなさそう」
し、至近距離で熱はなさそう、って‼︎
「なんでわかるの…」
「だって、額が触れてるけど、そんな熱くないし」
さらにドキドキするっ…。
まさに、恋のハプニングだ…‼︎
そして、無事に撮影が終わって、今は時尾留の番。
読モの女の子のえりをつかんで、顔を覗きこむというシチュエーション。
当然、高身長でイケメンの時尾留に見つめられているその女の子は顔を真っ赤にしてなんとか撮影できいる、という感じ。
しかも、ちょっと素が出ていて、小悪魔のような笑顔でじっと女の子を見つめる。
一方、李月は慣れたように撮影を終えていた。
龍二も他の女の子に、『頭ポン』をしている。
少しひかえ目だけど優しい笑顔に女の子がぽわわわ〜んってなってる…恐るべし、学園の王子様‼︎
「撮影は終わりです、ありがとうございました」
和花さんがニッコリと私たちに微笑みかける。
「では、送っていきますので車に乗ってください」
「ありがとうございます」
5人そろって声を合わせ、お礼を言う。
「そういえば、なんだけど。ケンカしちゃった親友の千紗には、私の思う、素直な気持ちを伝えようと思う。励ましてくれて、ありがとう」
4人に私の気持ちを伝えると、みんなが応援してくれた。
この撮影を通してわかったよ。
私は、この4人がとっても大切なんだって。
それと、少しホッとしていた…血相を変えた和花さんが来るまでは。
「今の話が聞こえちゃったんだけど、千紗って…‼︎」
突然、和花さんが私たちの元へ走ってきた。
「知り合いですか?」
時尾留が訊く。
「末永(すえなが) 千紗ですよね⁉︎ 実はあの子…私の義妹なんです」
ぎ、ぎ・ま・い⁉︎
千紗が⁉︎
確かに、末永 千紗は、私の親友の千紗。
これには、みんな驚いているみたい。
クールモードの李月でさえ、口を半開きにしてる。
「ど、どういうことですか…?」
私がなんとかその言葉を口にすると、
「取り乱してしまい、すみません。車で落ち着いて話しましょう」
と和花さんが言い、私たちは無言で後を着いていった。
「それで、義妹というのは…?」
「はい。まだ千紗が1歳?本当に小さかった頃なんです。私の親が離婚することになり、千紗のお母さんと私の父が再婚しました。千紗のお母さんも離婚したみたいで…。そこで、千紗が私の義妹になりました。ですが、今では私の父と千紗のお母さんはあまり仲がよくないので、千紗と千紗のお母さんは2人で、私の父と私はそれぞれひとり暮らしをしている、というわけです。…千紗は私のこと、知らないでしょうね」
和花さんが最後につぶやくように言った言葉に、胸が痛くなる。
和花さんはすぐにパッと笑顔になる。
「見苦しいところをお見せしてしまってすみません。ところで、明寿咲ちゃんと千紗はケンカしちゃった、のかな?」
「あ、はい…あの、私、親に捨てられてこの4人と同居することになったんです。4人はすごく人気者なんですけど、私は地味で。だけど千紗は優しいから、親に捨てられたって言うと心配させてしまうから、言わないようにしてて。4人にも興味ないふりをして。ですが結果的に…大ゲンカしてしまったんです…」
「そっか…そうだっ‼︎」
和花さんは名案を思いついたとばかりに、私に笑顔を向ける。
「明日、千紗の家に連れて行って‼︎ 私、仕事休みだからさ‼︎ そして、言うんだ!明寿咲ちゃんは、千紗を想っての行動だったんだよって。義姉の私が言えば、きっと納得するでしょ」
あっけらかんと笑う和花さんに、4人と私は顔を見合わせる。
そんな発想、なかった…。
「明日は土曜日、だね。じゃあ、明日の午前11時頃に行きます‼︎ ちっちゃかった千紗、どれくらい成長したかなぁ。でも、明寿咲ちゃんっていういいお友達ができて、よかったよ。ではまた明日〜」
家まで送ってもらうと、和花さんは笑顔を残して去っていった。
「末永と、和花さん…か」
李月がポツンとつぶやくと、
「世間って狭いな」
と時尾留も言う。
その2人と研由が家に入り、玄関の外には私と龍二だけになった。
「俺、明寿咲が読モするって言ったから一緒に撮影できると思ったのに、まさか撮影できないなんてな…」
「何?」
「だから今させて。はい、チーズ」
バックハグでツーショット。
すごく緊張して、胸がバクバクと高鳴っている。
「ちゃんとドキドキしてくれた?」
「し、したよ。ものすごく」
「俺を意識してくれて、ありがと。あと言っておくけど…俺は、明寿咲を義妹…同居人としてみてないからね」
意味不明なことを言うと、軽々と私を持ち上げる。
「ちょ、ちょっと龍二…!」
「お姫様抱っこされるの、初めてじゃないでしょ?だからいいじゃん」
もう、なんなの…!
「俺につかまっててよ?振り落としちゃうから」
「…そういう冗談はいらないから‼︎ 関係ないんだけど…私が捨てられた理由は、3人で生きていくのは厳しかったらしいの。でね、ほとんどが偽りの愛だったんだって。それを知ったときは、ショックで。そんなとき、4人に引き取られて…すごく助かった。引き取り先が、磯崎家でよかったって、心からそう思ってる」
私が龍二の方を見ると、肩をふるわせて笑っていた。
「…っ。伝えたいことはわかるけど…ちょっと明寿咲、説明下手すぎじゃない?」
「せっかく正直に言ったのに」
「ごめん、ごめん。はい、明寿咲の部屋に到着〜」
そうだった‼︎
お姫様抱っこされていたことを忘れていたなんて…。
「ありがと…」
「どういたしまして」
龍二は微笑んでその場をはなれた。
「あとで夜ご飯、作らなきゃ…」
学校の課題を終わらせると、睡魔がおそった。
「ちょっとだけ…」
ベッドに倒れこむ。
疲れた…実は今日、私の誕生日だった。
誕生日だっていうのも、自分から言うことじゃないし…。
ため息をついて、私は布団を頭からかぶり、夢の世界へはいってしまった。
「明寿咲、夜ご飯…」
その言葉で、目が覚めた。
忘れてた。すぐに作らないと…。
「お誕生日おめでと〜‼︎」
「ふぇっ?」
李月がクラッカーをパン、と鳴らす。
「お、おい!李月はやいって!…明寿咲、誕生日おめでとう」
そう言って時尾留がクラッカーを鳴らす。
続いておめでとう、という言葉と共に2つの音が鳴る。
ギュッと李月に抱きしめられて、頬が熱帯びてくる。
「明寿咲、夜ご飯はケーキを買ってきたんだけどね、僕が選んだんだ!食べてね♡」
「もちろん。みんな、いつの間に…すごい…ありがとう」
「あはは、どういたしまして。…お姫様、お席へお連れします」
時尾留が手を差し伸べてくれる。
本当にお姫様になったみたい。
そもそも、4人は学園の王子様だしね。
テーブルには高級そうなハンバーグや実が大きくて絶対おいしいシャインマスカット…。
天井には、お誕生日おめでとうという文字。
「これ、全部みんなで…?」
「まあね。でも、ご飯は全てがお持ち帰りのやつだけど…それでもいいかな、明寿咲?」
顔をのぞきこまれ、慌ててそっぽをむく。
「全然いいよ、ありがとう…みんなも…ちょっと待って、すごく嬉しい」
私が泣きそうになっていると、龍二が椅子をひいて座らせてくれた。
研由はおそるおそる自分の手を私の背中に手を当てて、さすってくれる。
さすが双子、息ぴったり。
普段は2人が双子だということを忘れそうだけど、こういうときは連携が取れている。
そんなことに感心してる場合じゃなかった。
4人に感謝を伝えよう。
「親にっ…捨てられたときは、誕生日をむかえるのが怖かった。13歳になるのが、怖かった。養子になったら、そこで私は上手くやっていけるのか…でも、今は言葉にならないくらい幸せ。13歳の誕生日は、最高の日になったよ。本当にありがとう」
涙をふきとって、満面の笑みを浮かべると、
「俺も幸せだよ。義妹になるのが、明寿咲でよかった」
時尾留が頭をよしよしと撫でてくれる。
「夜はDVD観ようよ‼︎ 今日、明寿咲が好きそうなの借りてきたんだよ♡」
バッチリウインクを決めて、李月が微笑む。
「まずはご飯だろ」
「そうだけど〜…あとはね、買ってきたポップコーンを僕と明寿咲だけで食べながら…」
李月の妄想に笑いながら、全然席につき、夜ごはんを食べる。
「おいしい〜!みんな、ありがとう」
「ハンバーグは研由の提案だったんだ。それは好きそうだからって。あとケーキは…なんだっけ、研由?」
時尾留に話をふられると、研由は得意気に、
「ケーキは普段の食事とは異なり、特別な機会にふさわしい豪華さと甘さを持っていて、誕生日のお祝いの起源は古代文明にさかのぼる。古代エジプトや古代ギリシャでは、王や神々の誕生日を祝う風習があったんだ。『誕生日おめでとう』という言葉は、相手の存在を認め、尊重する意味も含まれていて、誕生日を覚えていてくれたこと、そしてその日を特別に祝ってくれることは、相手が大切だからこそ。その他、祝福、感謝、そして未来への祈りという多くの意味が込められているんだ。そして、誕生日を祝わない国もあるもあるんだけど…」
「はいはい、そこまで」
時尾留にとめられ、研由は渋々と黙る。
「まあ、でも…話してるときの研由はいきいきとしてたよ」
私が微笑むと、研由は苦笑いした。
「俺もちょっと喋りすぎたっていう自覚はあるんだけどね…」
「お前の場合、本当に『ちょっと』だろ」
龍二のツッコミに、みんなに笑いの嵐がおとずれる。
おいしいご飯とケーキを食べて、お腹いっぱいになって。
「で、李月はホントにDVD観たいのか?」
「もちろん。そういう時尾留だってそう思ってるでしょ。僕、ポップコーン用意してくる!みんなは座ってて。あ、僕、明寿咲の隣予約!」
「予約とかないから〜」
研由がそう言うと、聞こえないふりをした李月がポップコーンを取りに行く。
「じゃあ、俺が明寿咲の隣で」
龍二が自然に私の隣に座った。
「アイツ、うるさいから席空けておいてあげるか」
時尾留はため息をつきながら、龍二の隣に座った…とほぼ同時に李月が両手にポップコーンの箱を抱えて走ってきた。
「ふー、危ない、危ない。明寿咲の隣、あいててよかった」
李月は私の左隣に座ると、DVDをつけ始めた。
「俺は李月の隣だな」
研由は雰囲気を出そう、という李月の提案で、座ろうとしたのに座れていなかった。
李月の提案というのは、部屋の電気を消して映画館っぽくする、というものだった。
しばらくしてポップコーンを取ろうとすると、李月とタイミングがかぶってしまった。
手と手が当たってしまって、ごめん、とあやまろうとすると、李月は唇に人差し指を当てた。
「ほら、食べたいんでしょ。あーん」
李月は小声で言って、ポップコーンを持っていた。
「バレたくないんだったら、はやく」
「わ、わかった」
おそるおそる口を開けると、ポトン、とポップコーンが落とされる。
塩味なのに、甘い。
それってきっと…この同居生活が、とびきり甘いからだよね。
スマホのアラームに、私は飛び起きる。
お気に入りの私服を着て、鏡の前でほんのりメイクをする。
昨日はたくさんお祝いしてもらっちゃったなぁ…。
歯磨きをしたのに、まだあのポップコーンの味が残ってる。
あの映画を観た後は、お風呂に入って、歯を磨いて寝たんだよね。
今日は和花さんが11時頃にやってくる。
現在、9時半。
朝ご飯の用意をしなくちゃ。
キッチンに立って、レバーを使ったサラダを作っていると、
「おはよ。緊張してる?」
研由が姿をあらわした。
「なんでわかったの?」
「背中が不安そうに見えた。えーと。龍二からの伝言。『俺は朝に弱いから和花さんが来る時間までぐっすり眠ってるけど、明寿咲が緊張してたら伝えて。まだ未来はそのときになってみないとわからないよ』…だって」
龍二…私が緊張したときの言葉まで…それを伝えてくれたのは研由だけど…。
「もうすぐ作り終わるから、席についてていいよ」
「わかった」
研由はまだ何か言いたそうな顔をしていたけど、今は千紗と仲直りできるかという気持ちでいっぱいだった。
千紗に義理のお姉さんがいたことも、驚きだったし…。
龍二以外で朝ご飯を食べたけれど、みんな黙々と無言で食事をしていた。
きっと、私の緊張が伝わっちゃってるんだろうな…。
「明寿咲、その服似合ってる」
「あ、ありがとう」
時尾留が口を開き、何を言うのかと思ったら、ほめてくれた。
「お気に入りの服なんだ。これでちょっとでも気合を入れようって」
「頑張って」
「うん…ありがとう」
それで会話が終了してしまって、
「明寿咲、その服は似合ってるんじゃなくて、かわいいよ」
と李月がみんなの様子をうかがいながら言ってくれた。
「ありがと…」
ダメだ。すごく調子が狂う。
そんなことなど関係ないというように、チャイムが鳴る。
「え⁉︎ もうこんな時間⁉︎」
慌てて立ち上がり、食器を片付ける。
「俺、なんか長話して、和花さんをその場にとどめてくる‼︎」
研由が玄関の方へ走っていく。
「僕は〜、龍二を起こしてくるねっ♡」
李月が笑顔を残して立ち去ると、時尾留だけがすることをなくして、その場で戸惑っていた。
「明寿咲、俺は…」
「食器を棚に戻してほしい!」
「わ、わかった!」
ドタバタな騒ぎだったけれど、なんとか準備を間に合わせて、和花さんの車に乗り込んだ。
「すみません、車まで出してもらっちゃって…」
「いえいえ、いいんです。明寿咲ちゃん、道案内をお願いします」
「はい…っ!」
あぁ、いきなりドキドキしてきた。
姿勢を正すと、隣に座っていた李月が無言で手を握ってくれた。
李月の方を見ると、子犬でもない、クールでもない微笑みをうかべて、うなずいていた。
大丈夫、というように。
李月に力をもらい、気が付いたら千紗の玄関の前に立っていた。
「俺たちはここで待ってるからさ。行ってこいよ、和花さんと一緒に」
研由が背中を押してくれた。
「行ってくる」
4人はガレージに隠れ、
「じゃあ、押すよ?」
和花さんが、インターホンを鳴らす。
『はーい』
千紗らしき人の声が聞こえる。
「こんにちは、読者モデルをしているマネジャーの和花です。この度は、末永 千紗さんにご用がありまして…」
『えっ⁉︎ あ、はい…?今行きます‼︎』
バタン、という音と共に、千紗が出てくる。
「あ…」
私と目が合ったけれど、フィッとそらされてしまった。
「あの、和花さん?でしたっけ。その、読者モデルの話というのは?」
ソワソワした様子で和花さんを見つめる千紗。
「はい。千紗さんの学校に通っている、李月さんがいますよね?李月さんは、読者モデルをしている…私がマネジャーなんですよ。そして、親に捨てられてしまったこちらの…明寿咲さんと、李月さんは同居しているのです」
読者モデルの話から、少しずつ話をそらしていく和花さん。
千紗を見ると、目を見開いて絶句していた。
「お、親に捨てられたって…本当のことなの、明寿咲?」
「うん」
「じゃあ、入学式の次の日から3日間くらい、元気がなかったのは…悲しかったから…?学園の王子様の話をして頬が緩んでたのは、同居してたから?あの新聞記事も…本当のことだったんだね。でも、明寿咲は私に教えてくれなかった。それは、同居してるっていう大きな秘密を抱えてたから…」
千紗はブツブツと唱えるように言うと、私を見つめた。
「こんなこと、なんで言ってくれなかったの?」
怒るわけでもなく、ただたずねられた。
「……私が、本物の親友じゃなかったから…?」
「…違う。親に捨てられたことを千紗に言ったら、心配しちゃうと思ったの。私は大丈夫だから…そう自分に言い聞かせて…言わなかった。だから…千紗は大切な親友だよ。もう、千紗は私のこと、親友じゃないって思ってるかもしれないけど…私はいつまでも、親友だと思ってる」
「明寿咲…簡単に、偽りとか言ってごめん。明寿咲がきっと、1番わかってたよね…。仲直り記念に、写真撮らない?私たちは、ずっと親友だよって」
私は笑顔で大きくうなずいた。
「実はね、もうふたつ話さなきゃいけないことがあって…」
和花さんの方と、ガレージの方を交互に見る。
「どうしたの?」
「サプラーイズ‼︎ …実は俺たち、盗み聞きしてました‼︎」
時尾留が得意気に言うと、千紗に頬を叩かれていた。
「痛っ…千紗ちゃん、お顔はかわいいのに、することは乱暴なんだね…俺、女子からビンタされるの初めてかも。でも、今俺、ちょっとドキドキしてるよ。千紗ちゃんは?」
わっ、時尾留が小悪魔になって、千紗に迫ってる‼︎
千紗は頬を真っ赤にしている__と思いきや、
「ちょっと、変なこと言わないでくれます?先輩。こんなところ見られたら、私の学校生活どうなると思ってるんですか?」
「へっ?」
「あの、なんなんですか?やめてください」
さすがに時尾留も拍子抜けしたようで、
「あ、あぁ…ごめん」
と素直にあやまっていた。
「ひとつ目は、4人がいたことね。もうひとつは?」
千紗がいぶかしむように4人を見つめた。
「ふたつ目は、俺たちじゃなくて…」
「私です」
研由と和花さんが続けて言う。
「和花、さん…?」
「はい…私は…千紗、あなたの義姉です」
「え…っ?」
千紗は息をのんだ。
和花さんは信じて、という瞳で千紗を見ていた。
「でも、私とお母さんは…2人暮らしです。お父さんがいたという話も聞いたことがないし…」
和花さんは千紗が納得するまで話をした。
今までのことを、全て。
「では、あなたが…お姉ちゃん」
「そうだよ。…写真でも撮ろっか」
「待って。明寿咲、1日遅れてごめん。お誕生日、おめでとう」
千紗からプレゼントを受け取る。
「ありがとう!」
「でもきっと、もう明寿咲は盛大にお祝いされてるよね」
話の流れがはやいけど、照れくさそうに笑う千紗を見ると、本当に仲直りできたんだと実感する。
「じゃあ、俺からもうひとつプレゼント」
研由の声がして、なんだろうと振り返ると、あごに手をそえられ、そっと頬にキスされる。
和花さんが小さく悲鳴をあげた。
「きゃっ…アピールがすごい」
も〜‼︎ 研由!
「明寿咲ちゃんもかわいい。ほっぺた、真っ赤だよ」
「そ、そんな…っ‼︎」
「まぁまぁ、写真撮るんでしょ」
龍二がカメラをかまえる。
「そうだった!」
「みんな、画面にはいった?いいね、いくよ。はい、チーズ」
パシャ。
まぶしいっ…。
一瞬、目を閉じてしまったけど、たぶん大丈夫なはず。
「ブフッ…」
龍二がふきだしそうになるのを、無理やりこらえてる。
「あ、明寿咲の顔…顔が…」
「ヤバいよ、これ!何この半開きの目!」
龍二のスマホをひっつかみ、慌てて消そうとする。
「これも思い出の1枚じゃん。ね?」
スマホを取り返され、高々と持ちあげる。
「そういえば千紗、このプレゼント開けてもいい?」
「もちろんっ!」
「わっ…!すごくかわいい!」
中にはいっていたのは、ネックレスだった。
チェーンにぶら下がっているのは、輝くリング。
「俺がつけてやるよ」
クールモードの李月が、ネックレスを持つと、首からさげてくれる。
「あ、ありがと…」
「明寿咲ちゃん、モテモテだね」
和花さんにそっと耳うちされる。
「いえいえ、これでも義兄なので…!」
「でも、血はつながってないんでしょ?ワンチャン有りかもよ」
「そんなことないです!」
ここは全否定しておかないと。
キスはファーストもセカンドもうばわれ、ずっとドキドキしてきただけ。
ん?でもそれって…いやいや、ありえないよ…ね?
でももしそうだとしたら、私は誰なのか決められないよ。
クールモードで少し笑う李月。
家では子犬だけど。
みんなを微笑ましく見つめる龍二。
すごく優しいもんね。
頭脳系だけど実はちょっとだけ、照れ屋かも?
そんな研由。
お兄ちゃん的存在…というかお兄ちゃんなんだけど、みんなをまとめてくれる時尾留。
私は、誰かを選ばなくてはいけないの…?
「どうした、明寿咲」
龍二が私の様子に気がついたのか、声をかけてくれる。
別に、この誰かと付きあえってわけでも、結婚しろってわけでもないもんね。
「ううん。なんでもない!」
私は笑顔をむけた。
月曜日。
日曜日はゆっくりして、学校へ行くのが辛い。
眠いし、朝が早いし…。
でも、学校へ行ったら、そんなこと悩みの種でもなんでもないことが判明した。
眠い目をこすりながら登校すると、千紗が下駄箱で待ち構えていた。
「おはよう、千紗…」
「明寿咲っ‼︎ あっ、おはよう。大変なんだよ〜‼︎」
なんだろうとマイペースな気分で考えていると、
「鬼塚さんが、全校に広めたの‼︎」
「何を〜?…ん?えっ、鬼塚さん⁉︎」
千紗は声のトーンを落として、
「学園の王子様と同居してるということを」
「はあ⁉︎」
思わず大きな声をあげてしまった私。
「学校に来るまで、チラチラ見たりされなかった?」
「眠かったから…」
「すっごくピンチだよ〜っ!」
なぜだか千紗は楽しそう。
「だって、きっと4人が守ってくれるもんっ」
いやいやいや⁉︎ その自信はどこから出てくるんだい⁉︎
「そんなことないって‼︎ 今はホントにホント、ピンチなんだから!」
「そんなことないって、何?」
ギン、とつきささるような視線を感じて、おそるおそるふりかえってみると。
「明寿咲は素直に俺に守られていればいいものの。だけど明寿咲は何も考えなくていい。俺が勝手に守るから」
「時尾留…!」
「俺のこと、なめてた?一応、明寿咲より先輩だし、男なんだ。もめごとくらいは俺が守ってやれるだろ」
なんか今日の時尾留、いつもの時尾留じゃない…!
「じゃあ」
時尾留はサッと靴を履き替え、廊下を歩いていく。
その背中が、なんだかたのもしかった。
「わーっ!やっぱり守ってくれた!」
「でも、学年も組も違うでしょ…?」
「だったら、同じ学年で同じ組はどう?」
千紗がキラッキラの瞳で見つめてくるから、私はあははと苦笑い。
「ウワサをすれば、ほら!さすが、ウワサの4兄弟だわっ‼︎」
そういう意味ではないんじゃないか…?
と心の中でツッコミをいれ、千紗の視線の先を見ると。
不機嫌な、李月だあぁっ‼︎
制服を着崩して腕をくみ、
「時尾留め、アイツ、調子に乗りやがって…1番明寿咲を守れるのは、この俺だろうが…」
ボキボキと指を鳴らす李月。
そして李月は私だけに聞こえるように、
「俺はどんなときも明寿咲を想う気持ちは変わらない。めんどくさいことは気にすんな、さっさと僕__この李月様に守られればいい」
そうささやく。
「ほら、行くぞ」
腕をひかれて、カバンをダルそうに持つ李月は、不良そのもの。
「李月、こういうことが李月のファンに知られたらどうするの?」
「別に知られたっていい。俺が好きなのは、明寿咲だから」
「もう、からかわないでよね…!」
その後ろを、千紗がキャーキャー言いながらついてくる。
「おはよう、李月くん…は⁉︎ なんでアンタと…?」
「おはよう、鬼塚さん」
満面の笑みを鬼塚さんにあびせると、
「てっきり、みんなに嫉妬されすぎて来ないかと思っちゃった。来れてよかったね」
鬼塚さんも負けじと笑顔で返す。
「そんなことなかったな。それ、鬼塚さんの勘違いだったんじゃない?」
「確かに、勘違いだといいけど。これからが怖いもんね。気をつけて」
李月はつまらなそうに机にひじをつき、
「翠(すい)も、これからどうなるかわからないから、注意しておいたほうがいいんじゃない」
「ヤダ〜、李月くんったら。私の名前、覚えてくれてたの?鬼塚翠。綺麗な名前でしょ?」
「名前だけだよね」
千紗がボソッとつぶやく。
それが聞こえていたのか、李月に背中をむけて千紗をキッとにらむ。
朝から大変だよ〜…。
昼休み、理科室へ先生から頼まれた資料を取りに行くと、
「そこにいるのは羽嶋さんね?いいえ、磯崎さんね。私は龍二様のファンなの!同居してるって、どういうこと?全校の龍二様ファンを敵にしたアナタ!後悔するのを覚悟しておきなさい!私は諦めない!正々堂々勝負しましょう!」
質問ぜめされるのかと思ったら、宣戦布告だった。
そう言って去っていく。
龍二ファン、そこは優しいんだね。
ひとりでうなずいていると、今度は研由ファンが大勢でおしかけてきた。
「わざわざ見にきてやったら、ただのポンコツ女子だね。それに比べて、あたしは勉強を毎日欠かさなかった…!あたしの疑問に全て答えてもらうからね⁉︎」
ポンコツ女子って…かなりメンタルやられるな。
「そんなに訊きたいなら、本人の俺に訊いてくれよ」
「研由先輩っ!」
研由ファンのひとりが目を輝かせる。
「今すぐ俺のファン、解散しろ。俺の大切な女は、そこにいるポンコツ女子だからな」
ポンコツって…研由まで。
「今までずーっとファンだったんです。だから、急にやめろだなんて…私は無理です」
「好きにしろ。だけど、俺はポンコツ女子しか見てないんだよ」
2度目のポンコツ。
「うわぁぁぁんっ!研由センパァイ……のバカァッ!」
研由は歳下のファンが多かったみたい。
私をポンコツと言った人は、3年生だったみたいだけど。
その子は涙を流して走ってしまった。
みんなもその子についていくように、いなくなった。
研由がクルリと振り向く。
「もう俺のファンはいねぇよ。安心しな」
「でも…よかったの?」
「言っただろ、大切な女は俺の目の前にいる、ポンコツ女子って」
ポンコツ3度目。
「もう!研由!」
「牛かよ」
「ひどい!」
私たちは笑い合うと、無事に先生に資料を届けることができた。