「おはよう、明寿咲さん」
教室に入ると、鬼塚さんに挨拶された。昨日は『ちゃん』、だったのに今日は『さん』、だ。
「…鬼塚さん、おはよう」
「また何か用なの?、って顔をしないで。何も言わせないようにするから」
鬼塚さんは私の前にビッ、と1枚の紙をつきつけた。
そこには大きく『羽嶋(はしま) 明寿咲、学園の王子様・磯崎 李月&研由と一緒に下校⁉︎ 熱愛発覚か⁉︎』
という見出し。
羽嶋は、私が学校で名乗っている苗字。
私は元羽嶋家だったから。
「な、何コレ…何かの遊び?やめてよね」
「ふふっ、動揺した?私のお兄ちゃんが撮った証拠写真付きの学校裏新聞。これはさすがに先生には見せられないからね。私がトクベツにもらってきたの〜。前に3人で下校してたところを見たらしいのよ〜。ほらアンタが前、私のお兄ちゃんに注意したとき。李月くんが明寿咲ちゃんをかばったあと、2人で研由先輩と合流したらしいじゃな〜い。ほら、この後ろ姿、アンタでしょ?いったいアンタは学園の王子様方たちとどういう関係なの⁇前はごまかしていたけれど、今日はそういうわけにはいかないよ?ね、あ〜ず〜さちゃんっ!」
私が絶句して黙り込んだとき。
バンッ、と机を叩く音がした。
「明寿咲が気に入らないからって、そんなデタラメな写真使って変なウワサ流さないでよ⁉︎ 明寿咲がかわいそうじゃない‼︎ そもそも、明寿咲が2人と帰ったって証拠はあるの?明寿咲はそんな人たちに興味ないと思うんだけど」
千紗…ごめんね。
私は確かに入学式のときは興味なかった。
けど今は、義理の兄妹となって、同居してるんだよね…。
「はあ?アンタ何?明寿咲明寿咲うるさいんだけど。アンタ関係なくない?逆に、そんなことしてないって証拠はあるの?」
「じゃあ、どっちも証拠はないってことだね。下校してたってことも、してなかったってことも。だから、そういうウワサ流すのやめなよ」
鬼塚さんがギュッと拳を握りしめる。
「この新聞は回収する。だからアンタも明寿咲ちゃんと私の問題には関わらない。それでいいでしょ?」
「でも…」
「千紗、私は大丈夫。だからそんなに気にしないで?」
千紗は渋々といった様子でうなずくと、本当に大丈夫?といった気づかわしげな目でこちらを見つめて来た。
私は小さく首を縦にふる。
「これで解決」
さっきまでのことがウソのようにニコッと笑う鬼塚さん。
「本当に回収してくれるんでしょうねぇ?」
まだ疑わしげな目をむける千紗。
「それは約束だから仕方ない。もうこれでいいでしょ」
「わかった。明寿咲、トイレ着いてきて」
千紗がそう言うと、もうさっきの話題がなくなったから、教室内の空気が和む。
男子ですら、ずっと黙っていた。
というか、ヤンチャな男子たちは外で遊んでいるから、か弱い男子しか残っていない。
学級委員の鬼塚さんには何も言えないみたい。
「うん」
私が返事をすると、トイレではなく空き教室に入った。
「明寿咲、大丈夫?私が休んでたときも、あんなことされてた?」
きっと、トイレは口実だったんだ。
「いや…大丈夫だよ。むしろ、関係ない千紗も巻き込んでしまって、ごめん」
「そんな!明寿咲が困ってるなら、私も一緒に巻き込まれたいよ。っていうか、あの鬼塚‼︎ どんないいがかりよ、学園の王子様と下校してた?ザ!興味なし女子にどんな文句つけんのよ!また困ったことがあれば言ってね」
「あ、ありがとう…」
千紗に隠し事をするのはなんだか申し訳ないけれど、興味なし女子なんてあだ名をつけられちゃったから、余計に言えないよ。
「あの、鬼塚さんのお兄ちゃん、元生徒会長で悪いことばっかりしちゃったからやめさせられたらしいよ。それで心を入れ替えて、新聞部に入ったらしいんだけど…色々おどして自分が部長になって、妹の気に入らない人の記事を作るとかサイテーだよね。まあ、それよりも、確認なんだけど、明寿咲は学園の王子様たちには興味ないよね?誤解したくないから」
「…うん」
そう言うしかないよね。
私は話題を変えるように、
「戻ろうか」
「そうだね」
教室へ戻ると、鬼塚さんが李月と話していた。
ううん、…問い詰めてる?
「李月くん!明寿咲ちゃんとは、どういう関係なの?」
「それ、教える必要ある?お前、しつこいんだけど」
「頑なに教えたくない理由があるの?すごくじれったい」
また教室内の雰囲気がピリピリしてる。
「あ、明寿咲ちゃ〜ん!本人に訊くのが1番手っ取りばやいね。次の休み時間、ちょっとお話聞かせて〜?」
うっ…目をつけられたみたいだ。
前からだけど。
次の休み時間、私はそろりそろりと教室を出る。
ずっとトイレに隠れていよう、そう思って廊下に出たら、グイッと腕を引っ張られる。
「りづ…」
李月じゃない!
空き教室へ連れて来られると、鬼塚さんと鬼塚さんの取り巻きに囲まれた。
「いい加減、アンタと学園の王子様たちの関係を知りたいの。教えないと、私のお兄ちゃんが李月くんにどんなことするか…わからないよ?」
「それは、どういう…?」
「もう!とにかく言いなさい!アンタとどういう関係なの⁉︎ 言わないと、李月くんか他の王子様方が痛い思いするかもよ、ってこと‼︎」
私が言わなかったら…誰かが痛い思いをする?
そんなのって…私が嫉妬されるだけなら、別にいいかもしれない…?
「わかった。私と学園の王子様たちは…同居してる」
鬼塚さんは、目をカッと見開いて、何度かまばたきをする。
「それって…ホント⁉︎ 大ニュースじゃない‼︎ そんなこと教えてくれて、ありがと〜!」
大げさにリアクションをすると、
「これ、特定の人にしか言わないから安心して」
とニッコリ笑う。
その笑顔が、なんだか怖い。
「あの人に言おうかな〜?どの人に言おうかな〜?」
鬼塚さんの『特定の人』に言うことで、私の関係が変わるなんて、思いもしなかったんだ__