「危なっ」
「あ、ごめんなさ…え?龍二…先輩」
私的には、ぶつかりそうになったことよりも、呼び捨てにしそうになったことが危ない。
周りに人がいなかったことが幸いだ。
「あれ、明寿咲じゃん。どうした?なんか、泣いてるけど」
「私、泣いてる…?」
「うん。なんかあった?」
あったよ。すごく。
親に捨てられ、『学園の王子様』と義理の兄妹になって。さらには、同居して。
『学園の王子様』のひとりと同級生で、席も隣で。嫉妬されて…。
私があの親に生まれてさえいなければ。
私がこの世に存在しなければ…。
「…死にたい」
これが、私の本音だ。
捨てられるとき、何度も思った、本当の気持ち。
「…明寿咲…」
「私が生まれてなければ、こんな辛い思いすることなかった。だから、あの川で…一瞬、死のうと本気で思った」
龍二が、悲しそうな瞳で私を見つめた。
「だけど、あのとき龍二が来たから、死ねなかった。…もう、親も、学校も、意味わかんない学園の王子様?ウワサの4兄弟?も、ホントに嫌い。過去なんか、忘れればいいのにね。すぐに死ねばよかった」
言ってから、言いすぎたと後悔した。
けれど、今さらあとにひけない。
そう思ったとき、龍二が口を開いた。
「知ってた?
『吐く』っていう字あるでしょ。
前にも、死にたいって言ってたじゃん?
口からマイナスな言葉を言わないように、減らしていけば願いは『叶う』んだ。
面白いでしょ?これで吐くっていう字から、マイナスな言葉を減らしていけば、願いは叶う!」
龍二がドヤ顔で言う。
私はビックリして、龍二の顔を2度見する。
ふっ、と龍二は優しい表情に戻って、
「だから、死にたいなんて言わないで。俺の願いは、みんなが…、明寿咲が生きてくれることだから。俺の願いを叶えるために、明寿咲が、マイナスな言葉を減らしてほしい。明寿咲は、人のために強くなれる人だから。それがたとえ困難だとしても、俺は支えるよ。人生は山あり谷あり!今が谷だったとしたら、次は山だ!きっといい景色__未来が待ってる!大丈夫だよ、明寿咲はひとりじゃない。俺だって、明寿咲の見方だしさ。辛いときは、一緒に苦しもうよ。楽しいときは、全力で笑おうよ」
龍二を責めるようなことを言ったのに、それを裏返してくれるような明るい言葉で、私を励ましてくれる。
龍二はいつだって優しい。
だったら私は…龍二に恩返しをしたい。
マイナスな言葉を減らして、吐くから、叶う、にしたい。
「う〜…」
かわいたはずの涙。
目から流れる、大粒のしずく。
「明寿咲、実はね、明寿咲が生まれて来てくれたおかげで、俺は明寿咲に出会えた。俺、嬉しいんだ。だから、明寿咲と橋で会ったとき、死ぬのを邪魔してよかったって思ってる。明寿咲は人を幸せにしてる。俺は今、すごく幸せだなって思うよ。生きてるだけで、幸せなんだよ。だから、絶対に自ら死ぬなよ」
私はうなずくことで精一杯だった。
「過去、無理に忘れなくていいんだよ。過去には辛いこともあったけど、幸せなことが1度もなかったわけじゃないでしょ。その辛いことと幸せなことを、『過去』にまとめないで、『辛かった過去』、『幸せだった過去』にわければいいと思う。辛かった過去は自分が強くなるための種だったと思えばいい。幸せだった過去は、しっかりと幸せをかみしめればいいよ」
私はチャイムが鳴るまで、ずっと泣き続けた。