昼休みになると、美和はウキウキしながら幸太を探し始めた。
 誰も幸太の居場所を知らないということに苛立ちながら、各部署を回り、最後に所長室を訪れたが、幸太はそこにもいなかった。

「ああ、幸太さんのためにお弁当を作ってきたのに、いないなんて…」
ぼやきながら独り言を言い、美和は総務に戻り、自分のデスクでお弁当を開けた。

 お弁当箱の中には、なぜか骨付きの唐揚げがぎっしりと詰まっていた。少し焦げているが、骨付きの唐揚げだけが入っており、他のおかずは一切入っていなかった。ご飯は別容器に入っており、何もかけられていない白米だった。

美和は無表情でお弁当を食べ始めた。
その様子は、どこか別世界のようで少し怖かった。


 
 愛良は屋上でお弁当を食べていた。幸太は午後から外出する予定だったが、突然屋上に現れて愛良のお弁当を一つ持って去っていった。
 お弁当にはヒジキやレンコンなどの煮物が入っており、肉類は全て茹でただけで味付けされていなかった。見た目は美味しくなさそうだが…。


 お弁当を食べながら、愛良は美和のことを思い出していた。

 愛香が転落死した時、愛良は警察から聞かれた事があった。

「金澤美和って知っていますか?」
「いいえ、誰ですか、その人は?」
「愛香さんとは関係ないと思います。年も離れていて、駅前のオフィスで働いているそうですよ」
「その人が何かしましたか?」
「ええ、どうやら樫木幸太さんと交際していたようです。確証はありませんが、長年幸太さんのことを見ていたと言われています」
「…それじゃあ、愛香が二人の関係に巻き込まれたってことですか?」
「その可能性は否定できません。まだはっきりとしたことは分かりませんが…」
 
 愛香が転落死したとき、警察からそう聞かされた。最後に一緒にいたのは幸太で、美和は幸太の交際相手だったという。

 美和はなれなれしく入室したが、幸太は迷惑そうにしていた。不採用だった人間が、採用された人が入院したために代わりに雇われる可能性はほとんどないのではないだろうか? 通常、仮に採用するとしても、そうはしないのが普通だろう。

 愛良には疑問が残った。


 その日の午後は何もなく静かに過ぎていった。


 

 
 翌日。

 いつも通り愛良は出勤してきた。

 所長室のドアを開けて愛良が入ってくると。

「えっ…」

 自分のデスクを見て愛良は驚いて固まった。

 椅子と机がガムテープでぐるぐる巻きにしてくっつけてあり、使っているパソコンも何かで叩き壊されていた。
 そして張り紙がはってあった。

(今すぐ辞めろデブス! 醜いデブスは世間の有害)
 
 愛良はあきれ果ててため息も出なかった。
 こんな稚拙な嫌がらせをやるなんて…しかもここは法律事務所。こんなことをして犯罪に値すると言うのに…。

 すっかり呆れた愛良だが、このままでは仕事ができない。どうしたらいいものかと、少し考えこんでいた。

「おはようございます。どうかされましたか? 」
 ふと声がして振り向くと、がっしりとした背の高い渋い系等のイケメン男性が立っていた。黒いスーツに赤いネクタイ。靴は高級ブランドの黒い革靴。渋くて眉の太い顔立ちが、ちょっと厳つい雰囲気を出しているが声は優しい。

「わぁ…なんだこれは…」

 男性は愛良のデスクを見て驚いた。

「あ、すみません。俺は総務の小林修二です。ここの事務所にはもう10年勤務しています」
「末森愛良と申します。派遣社員でここに来ました」
「ああ、あなたが末森さんですか。男性社員の間では、話題になっていますよ」

 どうせデブだから話題になっているだけだろうと愛良は思った。

「それにしてもこれは酷い。器物破損じゃないか…とりあえず、証拠写真を残しておこう」
 
 言いながら修二がスマホで写真を撮り始めた。

「おはようございます。どうしたのですか? 」
 幸太がやってきた。
「あ、所長おはようございます。誰かが嫌がらせをしたようで、このザマです。証拠写真は撮りました。どうしますか? 警察に通報しますか? 」
「ああ、そうしよう。これは犯罪だからな」
「わかりました」

 修二が手際よく警察に電話をして状況を説明してくれた。


「末森さん。今日は事務の仕事ができそうもありませんので…」
「帰ります。仕事ができないのであれば、私がいても無駄ですから」
「いいえ、そうではなく。俺と一緒に着いて来てもらえませんか? 」
「え? 私がついて行っても、何もできませんが? 」
「そんなことはありません。ちょうどよかったなんて、そんな言い方は失礼ですが。今日会う予定のクライアントさんが、外国人の方なのです。俺は英会話はできますが、それほど得意ではありませんので。末森さんがいてくれると助かります」
「私が? 」
「はい。KB大学を卒業している末森さんの方が、きっと話が通じやすいと思います」

 そうゆう事…でも、一緒に外出なんかしたら、あの女がまた狂うかもしれないけど。

「所長。机などは動かしても構わないそうです。総務の連中と交換しておきますので、後は任せて下さい」
「すみません、お願いします」
「パソコンも、すぐに新しいのを購入してきます」

 颯爽に修二は去って行った。

「それじゃあ、末森さん行きましょうか」
「はい」

 外出かぁ。特にそんな事を考えていなくて、今日は適当な服装で来たけどいいのかな? クライアントさんに会うような服装じゃないかもしれないけど。
 
 今日の愛良は黒いスラックスにブルーのブラウスに紺色のカーティガンを羽織っている。靴は黒いパンプスすがたで、髪もいつものように後ろでまとめている。オフィスカジュアルと言えばそうだ。
 
 急に外出に行くことになって少し緊張していた愛良。


 
 その頃。
 総務では出勤してきた美和がネイルを見ながらにやにやと笑っていた。
「これで秘書は私に決まりよ。何が秘書検定よ、くだらないわ」
 仕事をそっちのけでネイルを見てニヤニヤしている美和を、隣の女子社員は気味が悪そうに見ていた。

「金澤さん。ちょっといいですか? 」
 総務部長が美和を呼んだ。

「なんですか? 」
 かったるそうに美和は総務部長の元へ行った。