すると、小さな男の子が愛良の足元に転がったボールを取りにきた。 
 可愛い男の事目と目が合った愛良は、足元のボールを拾って男の子に渡した。
「はい、どうぞ」
 愛良がボールを渡すと男の子は満面の笑み浮かべた。まだあまり言葉を喋れないようで、笑顔でお礼を返してくれたようだ。その笑顔は何の屈託もない天使そのものだ。
 
 男の子はボールを受け取るとそのまま走ってママの元へ戻って行った。

 男の子を見届けると、愛良は鞄を手に取ってその場を去ってゆこうと歩き出した。

「待って! 」
 
 聞き覚えのある声に呼び止められ、愛良はドキッと胸が高鳴った。

「…愛良…やっと会えたね…」
  
 背を向けた愛良にそう言ったのは追いかけて来た幸太だった。

 
 どうして…? 追いかけてきたの? そう思う中、愛良は振り向くことができなかった。
 振り向けばあの優しい幸太がいる。でも…振り向いてしまえば決心が鈍ってしまう…。
 そう思って背を向けたまま黙っていた。

 ズルッと鼻をすする音が聞こえた。そして、ヒクヒクと泣いているような声も聞こえてきた。
 背を向けていても分かる…幸太が泣いている…。

「…ごめん…俺が…俺が…弱い人間だから。…ちゃんと、守れるような人間じゃないから…」
 泣きながら幸太が言っている声が愛良の胸にズキンと刺さった。

 違う…そうじゃない。あなたは、十分に強くて優しい…だから…だから…。

「それでも…行かないで! …もう…寂しい思いはしたくないから…」
 
 幸太の思いが伝わってきて愛良の頬にも涙が伝った。

「お姉ちゃん、どうかしたの? 」

 さっきボールを拾いに来た男の子がまた愛良の傍にやって来た。
 喋れないのかと思ったら、しっかり喋れるようだ。

「お姉ちゃん、どこか痛いの? 」
「ううん、何でもないの。大丈夫だから、ママの所に戻って。心配しているわ」
「うん…」

 男の子は幸太を見た。
「お兄ちゃんも泣いちゃったの? でもね、男のはあんまり泣いちゃダメって、ママが言っているよ」
 無邪気に笑う男の子に幸太は笑って見せた。
「そうだね、ごめんね」
「ううん。男の子でも泣いちゃうときあるよ。僕もあるもん。お姉ちゃん、お兄ちゃんの傍に行ってあげてよ。僕は、ママの所に行くね」

 無邪気に手を振って男の子は去って行った。

 愛良はゆっくりと幸太に振り向いた。