「所長、お疲れ様です」
廊下ですれ違ったのは、パラリンとして働いている日下部恵三。渋い顔立ちのイケメンで、がっしりとした長身の彼は女子に人気がある。しかし、彼は現在勉強に専念したいと交際を控えており、次の司法試験に合格しなければ諦めると言っている。
「日下部さんお疲れ様です。こちら、今日から派遣社員として来てくれている末森愛良さん。所長秘書をお願いしています」
愛良は軽く会釈をした。
そんな愛良を恵三はじっと見ていた。
「末森さん。日下部です、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
愛良はあまり目を合わそうとしていないが、恵三はじっと愛良を見つめていた。
そんな恵三に気づいた幸太は、やれやれと軽く笑っていた。
「それじゃあ」
幸太と愛良が去ってゆく姿を恵三はじっと見ていた。
「末森…愛良かぁ…」
名前を呟きながらじっと見つめている恵三は、なんだか愛良に吸い込まれそうな目をしてた。
「末森さん。女子が言う事は気になしなくていいですからね」
所長室に戻って仕事をしていると幸太が言った。
「はい、特に気にしていませんので。いつもの事ですから」
仕事をつづけながら愛良が言った。
「末森さんって、結構モテていますか? 」
「いいえ、そんなことありません」
「そうですか? さっき、総務の男子達がずっと末森さんを見ていたので」
「太っているからですよ、どこに行っても見られてしまいますから」
シレっと答えた愛良。
そんな愛良を幸太はじっと見ていた。
そうじゃないと思うんだ。男子達はきっと気づいている、彼女の真の魅力に。あの日下部さんでさえ釘付けになっていたよ…。
愛良を見ながらそう思った幸太だが言葉には出さなかった。
(お姉ちゃんはいつも、私のせいで太ってしまう…。私が小さい頃から病気がちで、あまりご飯を食べられないから。母が作ったご飯を残すわけにはいかないと、お姉ちゃんが食べてくれる。だから太ってしまうの。)
幸太はふと、昔聞いた言葉を思い出した。
それはまだ幸太社会人になりたての頃。
大学生の時から交際していた愛香という女性から聞かされていた事だった。
愛香は姉思いの優しい女性でほっそりとしていていつも青白い顔をしていた。綺麗なブラウンの腰が肩まで長くてまるで女優さんのような顔立ちをしていた。だが交際を申し込んだんだのは幸太からではなく愛香のほうからだった。幸太も言い寄ってくる女性がいないわけではなかったが何故か愛香に惹かれてしまった。
ずっと一緒いる幸太と愛香は将来は結婚するだろうと周りからは言われていた。
しかし…
5年前愛香は歩道橋から転落して死亡した。
死亡した愛香から幸太は大切な伝言を預かっている。
それを伝えたいと思っているが…。
昼休みのチャイムが鳴りお昼休憩に入った。
愛良はお弁当を持ってきていて屋上で食べる事にした。
このビルの屋上は囲いがあるため、雨の日でもゆっくりと過ごせる。あまり屋上で過ごす人はいないようで、愛良が来るとガランとしていた。
屋上には休憩用に椅子とテーブルが複数用意してある。
愛良はテーブルのお弁当を広げた。
お弁当は…何故か二人分ある。
「頂きます」
手を合わせて食べ始める愛良。
同じ大きさのお弁当箱が二つあるのは何故だろうか?