「本日より派遣できました、末森愛良と申します」
受付にやって来た愛良がそう言うと、受付嬢がクスクスと笑い出した。
受付にいた二人の受付嬢はまだ大学卒業したての若い女性。やせ形でスタイルも良く、可愛い系。どうやらデブの愛良を見て笑っているようだ。
間もなくして人事担当がやってきて、年配の男性で、愛良が所属する部署へと案内してくれるため一緒に廊下を歩いていた。
すると。
バタバタと走ってくる足音が聞こえてきた。
「待って下さい! 」
二人が振り向くと走ってくる幸太の姿が見えた。
近づいてくる幸太を見ると愛良はメガネの奥でギロっと鋭い目つきを浮かばせていた。
「良かった間に合った…」
全速力で走って来た幸太は、呼吸を整えながら言った。
「所長、どうされたのですか? 」
「末森愛良さんですね? 」
「はい、そうですが…」
「あなたには、俺の秘書をお願いします」
「え? 秘書? 私、秘書なんて経験ありませんので無理です」
「大丈夫です。事務員と同じですから。分からない事は、俺が指導しますので」
どうゆうこと? 愛良は戸惑いながら人事担当の顔を見た。
人事担当者は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが。
「所長がそう言われるなら、末森さんには秘書をお願いします」
と、あっさり言うと去って行った。
あっさりと…。
残された愛良はどうしたらいいのか分からなかった。
「所長室はこちらです」
そう言われても、愛良はどこかしっくりこなかった。
ただの事務員と聞いていたのにどうして?
驚きを隠し切れないまま所長室へ案内された愛良。
見晴らしの良い南向きのフロア。
窓からは心地よい日差しが差し込み白い壁紙が虹色に反射している光景がとても不思議だ。
「こちらを使って下さい」
窓際の所長席から横に値する東側に机と椅子が置いてあり新しいパソコンが用意してある席を指して幸太が言った。
「はい…」
言われた通りその席に向かった愛良。
一般的に事務で使われる机と椅子だが、真新しく見えるのは気のせいだろうか? それにパソコンも新しいような感じする。
「仕事の流れを説明するので座って下さい」
そう言いながら幸太が愛良を椅子に座らせた。
「いつも、パソコンを開いてもらうと一日のスケジュールが送られてきていますので、先ずはメールを確認して下さい」
言いながらパソコンを立ち上げパスワードを入力する幸太。
「あ、パスワードはここに貼ってありますので。覚えたら、どこかわらない場所に隠しておいて下さい」
マウスでメールを開いた幸太。
「このメールの中に所長スケジュールと言うのがあるので、それを開いて確認して下さい。そして、印刷をして俺のデスクに置いておいて下さい。書類を入れるかごがあるので、そこに入れておいてくれればいいです」
幸太の説明は淡々としているが、彼の距離感はとても近い。愛良の背中に体を密着させながらマウスを操作し、パソコンの画面を見るためにも顔が近づく。時折、幸太の息が愛良の頬に触れる。耳元で囁かれるような声に、愛良は少し戸惑っていた。
実際に操作を試みるように言われ、愛良がマウスを動かすと、「ちょっと待って」と幸太が手を重ねてきて一緒に操作をし、詳しい説明のために愛良の肩に手を置いたりする。幸太は何の躊躇もなく、免疫のない女の子に対してするような行動を取り続ける。
これがこの人の女性を落とすテクニックなのだろうと愛良は思った。
この調子で愛香の事も… …。
愛良はメガネの奥で重苦しい目を浮かべていた。
仕事の説明が終わると事務処理を兼ねて所長室で仕事を続けていた愛良。
「末森さん、ちょっとコピーがあるので。場所を教えますから、一緒に来てもらえますか? 」
「はい」
所長室を出て愛良は幸太と一緒に総務へと移動した。
簡単な印刷はパソコンからできるが、多量のコピーはコピー機がおている総務で行う。
「あ、見てみて…」
愛良と幸太がやってくると総務の女子達がヒソヒソと耳打ちし始めた。
「あの人が派遣社員の末森って人? 」
「そう。事務員として派遣されているのに、いきなり所長秘書よ」
「え? なんで所長はあんなデブスを秘書に? 」
「秘書候補ならいくらでもいるのに。いつも断っているって聞いているけど」
「まぁ派遣だし、期間限定だからしかたなくじゃない? 」
ひそひそと話している女子社員の声は愛良にも聞こえていた。
コピーの説明をしてくれている幸太は何も気にしている様子はなく、まるで女子社員の声は耳に入っていないようだ。
コピーが終わると、愛良と幸太はそのまま戻って行った。
やれやれ女子は悪口が好きだが、初日から言われるとは…まぁ慣れているからいいけど…。
愛良はそう思った。