「母は子供の頃に交通事故に遭って左足を切断しているの。足首より下だけの切断だけど、歩くのは遅くて歩いている姿は障害者と同じだから。幸太は授業参観にも個人懇談にも来なくていいって言っていて。いつも父が行っていたの。そんな幸太を見ていて、母は嫌われているのだと思い込んでいたわ。でもね、幸太に聞いたことがあるの。どうして、お母さんに来てほしくないの? って。そうしたら教えてくれたの。「本当はお母さんに来てほしいけど、足が悪いお母さんの事を。みんながバカにするから、可哀そうだから」ってね。本音を聞けたのは、養子に行くことが決まって最後の夜だったの。その時に、好きな女の子がいて。その人は年上だから、お姉ちゃん様子教えてって言われてね」
 
 年上の女の子…誰なんだろう…って、なんで私が気にしているわけ? もう、分からない…。

「あら、気づいたらベラベラ喋ってちゃってた。初めて会う患者さんなのに。なんか、貴女を見ていると懐かしくてね。後輩だったのもあるけど。今は話したことは幸太には内緒ね。私が喋ったって知ったら、口きいてもらえなくなりそうだから。とりあえず、ゆっくり休んで怪我を治す事だけ考えてね。担当医は私だから、何かあればいつでも声かけてね」
「はい…」

 助けてくれた幸太…そのお姉さんが勤務する病院…。なんで私がこんな状況の中に置かれているのだろうか…。
 とりあえず怪我が治らないと動けないから。

 複雑な感情が込みあがる中、愛良は分からない気持ちを感じ始めていた。

 愛香と交際していたと言われている幸太が気にしていた年上の女の子とは? 幸太が愛良の情報を知りたくて麗華に頼んでいたのは本当なのだろうか?
 
 思い返してみると事務員として派遣されてきたのに当日になって秘書になってほしいと駆けつけてきた幸太。
 秘書と言っても事務員と変わらない仕事内容。
 お弁当も一人で食べていたのに不意に幸太が現れて一人分のお弁当をもらってゆく始末。
 いつも二人分食べていたから空腹を感じると思っていたが、そんなことはなく逆に体が快適で午後からも過ごしやすくなっている。
 階段を上る事も廊下を歩くことも前に比べて苦痛にならなくなっている。

 本当の事が知りたくて樫木法律事務所を選び幸太に近づいて、真相を探ろうと思っていたが幸太の方から近づいてきた。

 そして幸太にはモンスターの様につきまとう美和がいる。

 これはまだ深い謎が隠されているのかもしれないと愛良は思った。
 

 複雑な感情が込みあがる中、愛良は幸太が握ってくれた手の温もりを思い出していた。
 男の人に手を握られる事なんてなかったから免疫がないだけだと言い聞かせているが、今でも思い出すのは何故だろうか? そして胸の奥から込みあがってくるドキドキ感のような複雑な感情はなんなのだろうか?

 病室の窓から夜空を見上げて愛良は呟いた。

「愛香…教えて…」
 と。