「こんなところで愛良に会えるなんて。もしかして、君は弁護士になったのかい? 」
「いいえ、違います。私はただの派遣社員です」
「え? 国際弁護士になったんじゃないのか? 」
「しーっ…。それは言わないで下さい。色々あって、今は派遣社員なのです」
「そっか…。そう言えは妹さん亡くなったんだったっけ? 」
「はい…」
「心配していたよ。僕も日本に来たけど、大変でね。2年前に結婚したけど奥さんに浮気されて。離婚に応じてもらえなくて、樫木法律事務所にお願いいたんだよ。でも愛良に会えるなんて…嬉しいよ…」

 ハグした後に交わしていたのは全て英語。しかも、地方の方言交じりの英語で、傍にいた幸太には訳すことが非常に難しく何を話しているのか理解しがたかった。

「すみません樫木先生」
 フローレンシアが愛良との再会に夢中になり、幸太の事を忘れかけていてハッとなった。
「同級生との再会に、つい嬉しくなってしまったので…」
 ぎこちない日本語で笑っているフローレンシア。
「いいえ、同級生との再会は嬉しいですよね。自分も…ずっと、好きな人とやっと会う事が出来て、とても嬉しかったので。そのお気持ち分かります」
 
 ん? と、フローレンシアは幸太の目を見つめた…。
「あの、このまま日本語でお話し続けても大丈夫でしょうか? 」
「はい。大丈夫です。難しい事は愛良に聞きます」

 思わぬ同級生との再会に愛良は驚いた。だが、幸太は日本語で会話を続けていたが途中フローレンシアが意味が分からない顔をすると愛良と英語で喋っていた。その英語力は日本で教わっただけの英語力ではないと幸太は思った。
 日本に来て3年ほどのフローレンシアは、長く話していると地元の英語で話してしまい途中で愛良がフォローしていた。そのおかげでスムーズに話ができたようだ。

 フローレンシアは大手商社に勤務している管理職。主に外資系を担当している。
 3年前に日本に来たばかりの時に出会った年上の女性と結婚したが。フローレンシアの貯金を全て持ち逃げして行方不明になっている。結婚生活の間、二人には夫婦関係は一度もなくずっと妻が浮気してホストに狂っていたことが判明した。フローレンシアが日本に来るとき、両親も一緒に移住してきたが。結婚して2年の間に両親は心不全で死亡。両親にかけていた高額保険が降りてきて、そのお金を妻が勝手に使ってしまい喧嘩になり、それがきっかけで浮気も明るみになった。

 フローレンシアの妻の名前は「美紀」と言う。
 写真を見せてもらうと、どこかで見覚えのある顔だった。前髪を長めにしておでこを隠して顔がハッキリ判らない髪型をしているが…。

 愛良はよく見ているとある人物と重なった。
 それは…

 金澤美和だった。
 顔がハッキリ判らない髪型をしているが、あの異常な目つきは同じだ。

 まさか…。

「お話は分かりました。では、先ずは奥様の行方を捜すほうが先ですね。連携の探偵事務所に依頼します。居場所が分かり次第、持ち逃げしたお金に回収に進み離婚へ進めてゆくのがいいと思います」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」

 
 フローレンシアとの話が終わり幸太と愛良は事務所へ戻ため歩いていた。
「とても助かりました、有難うございます」
「いいえ」
「あの…少し気になったのですが。あの人の奥さんの写真、どこかで見たような女性ではなかったですか? 」
「確かにそうですね」
「他人の空似でなければいいのですが。とりあえず探偵事務所で探してもらえば、確実だと思います」
「はい…そうですね…」
 
 交差点で立ち止まった幸太と愛良。
「…あの。…安心して下さいね。俺が、ちゃんと守りますから」
「え? 」
 幸太はとても真剣な目をして愛良を見ていた。その目を見ると、愛良はちょっとズキンと胸が痛くなりそっと目を反らした。

「今日のようなことが今後起こらないように。防犯カメラをつけます。すぐにはできませんから、その間はパソコンで見守りを徹底します。帰りには所長室は鍵をかけて誰も入れないようにしておきます」
「…わかりました…」

 そう答えた愛良だが、どこか悲しげな目をしていた。
「…お願いします。…いなくなったりしないで下さい…」
「そんなことしません。派遣の期間は、いますから」
「はい。本当に…すみませんでした。俺の管理不足もあるので」
「所長が謝る事はありませんので、お気になさらないで下さい」

 喋っている間に信号が青になり、幸太と愛良は歩き出した。

「末森さん、人は弱い生き物です。時に弱音を吐くことも許されると思います」
「そうですね…」
「俺も弱い一人です。身近にいた大切な友人を守れず、ずっと後悔しています…」

 身近にいた大切な友人?それはもしかして愛香のことですか?
 愛良はさりげなく幸太を見た。

「実は俺、この交差点で事故にあい、その時の怪我で一時的に失明していました」
「え?」

 信号を渡り終えた幸太が立ち止まり、振り返った。愛良もそれに合わせて立ち止まるった。

「あの事故で光を失って、俺は生きる希望を亡くしていました。それでも傍で支えてくれた人がいて…その大切な人を、俺は助ける事が出来なかった事を。今でもずっと後悔しています」
 
(転落事故の時、最後まで一緒にいた人は樫木幸太と言う大学の同級生です)
 そう聞かされて愛良はずっと幸太が愛香を突き落としたかもしれないと思い込んでいた。
(金澤美和さんは、樫木幸太さんと交際していたと言っているようです)
 そう言われて、交際のもつれで突き落した可能性もあると思った。

 だけど…

 歩き出した幸太。その幸太の背中を見て愛良は
「あなたが突き落したのですか? 」
 と尋ねた。
 
 先に歩いてゆく幸太には聞こえていないようで、そのまま歩き続けていた。

 愛良はトボトボと歩き出した。