「待ってよアオくん!」



「早く来いよ~」



私を置いて、先々行く彼の背中の後を追う。

人間……特に日本人は常にせかせかしているイメージがある。

そのせいか私はこの世界だと置いてけぼりだ。

得意の羽で飛ぶことは叶わない。

足がもつれてしまう。



「きゃっ!?」



「わっ……と」



「あっありがとうっ!」



日本人は忍者のようだと聞いたことがある。

確かに私の片思い……もしかしたら両思いかもしれない彼。

北里葵(きたさとあおい)

爽やかな短髪に切れ長の目。

俗にインテリ系と言うやつだろうか。

黒でフチどった眼鏡がカッコイイ。



「ったく……はい、」



そう言って手を差し出される。


「えっ、なに?」


「また転けたら困るから、手、繋ご?」


顔がどんどん熱くなる。

多分今、体温を測ったら37度ぐらいありそう。

手に汗が浮かぶ。

こんな手で握ったら、きっと嫌な顔されるんだろうな。

頭の中がごちゃごちゃと箱詰めされていく。

そんな私を気にもせず、葵は手を握った。


「あっちょっ!?」


「なに悩んでんの」


「あっ汗……」


「別に気にしないけど、それより何食べたい?」


気遣いが心地良かった。

思わず笑ってしまう。


「そうだなぁ……あっハンバーグ?食べたい!」


「分かった。探すからちょっと待って」


彼はスマートフォンとやらを使って調べ物をしている。

この世界には私の知らないものが沢山あった。

例えば車とかテレビとか。

そんな電子機器とやらは私の世界には存在しない。

作るより飛んで行った方が速いからね。

少しだけ眠たい目を擦る。

最近の私の趣味が本を読むことで、今の所 恋愛とミステリーがお気に入りだ。

知らないことを知るのは楽しい。

帰ったら何を読もうか。

そんなことを考えていると、手が引っ張られた。


「ちょっと歩くけどいい?」


「いいよ」


にへっと笑うと葵が距離を詰めてくる。


「それさ、他の人に見せないでよ」


ムッとなる彼は今まで見たことがなかった。

ふいと顔を背け、歩き出す。

また転けないように足を出した。

握られている手が温かい。

生きている者の特権だ。


「分かったよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

じゅわぁっと音を立てるハンバーグは見たこと無かった。

葵が切り分ける度に、肉汁とやらが溢れ出す。

いい香りが鼻をくすぐる。


「またナイフの練習しないとなぁ」


水を含む彼は、私の手を見る。

私も見る。

ナイフを握る手はグーの手だ。

今の年齢を考えると行儀が悪いと言わざるを得ない。

利き手じゃない方で持つのは難しい。

右手に持ったフォークで口に肉を放り込む。

あったかく調味料と肉の味が広がる。



「んふ~!美味しいね!」


「だな。パンいるか?」


「ちょっと欲しい!」


バターをつけたパンは小麦の風味が強かった。

腹が満たされる訳では無いが、その時の状況や雰囲気を楽しんでいる。

サキュバスは固形物を食べる習慣はない。

殆どはその……えっちな方の精気を食べるが、6割程度だ。

残りの2割は生命の方の生気。

もう2割は愛情の愛気。

私は後者の後者。

愛情だ。

この場合、20までに結婚相手を見つけなければならない。

そうしないと飢え死にしてしまう。

ある事情のせいでコチラの世界に来てしまったのだが……。

今は彼と入れて幸せだ。

まぁ恋人でもなければ、友達でもない。

恐らく私が異種族じゃなかったら、拾われすらしなかっただろう。

完璧とも言える葵には唯一の欠点があった。


「アオ君って趣味なんだっけ」


「前も言わなかったか?」


「そうなんだけど……忘れちゃってさ」


「ふーん。標本作りだけど」


「そっか、そっか。」



この標本作りは別に良い趣味だと思う。

ただそれが私たちの種族じゃなかったらの話なんだけど。

あれを見た瞬間は失神してしまった。

私が来てからは止めてはくれたけど、未だにタンスの奥底にしまってある。

たまに忘れて、開けちゃうんだけどね……。


「ごめんね。処分出来なくて」


「あっ別にいいんだよ!うん!さっめないうちに食べちゃお!」



変なところで区切ってしまった。

恥ずかしいなと思いながら、パクパクとポテトやハンバーグを食べる。

人の趣味は否定したくない。

何より。

私の近くにも同じようにしているサキュバスがいる。

彼が標本にしたそれは、試作品。

つまり〝本物〟じゃない。

それだけまだ留まってて良かった。

食後のデザートに注文していた、スフレパンケーキが届く。

小瓶に入ったシロップをかける。

美味しそうな焼き色に、黄金に輝くソースが映えた。

グーで持ったナイフで切ろうとする。


「下手くそ」


持っていたナイフを取られ、1口サイズに切られる。


「わっありがとう」


「ん~。俺にもちょーだい」


「いいよ」


生地にフォークを差し、葵の口の中に慎重に入れた。



「どう?」


「ん~甘いね。甘すぎる」


「パンケーキは甘いもんだよ」


蜂蜜が染み込んだ生地に生クリームを付ける。

その味は、さっきよりも甘かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ねぇフランネル。君は人間のことをどう思う?」


「えっ。どうって……」


唐突に言われる言葉に驚いているような、いないような。

葵の部屋のソファに座りながら、考える。

頭を使うのは昔から苦手だ。

人間。

人間か……。


「脆い……」


「まぁ刺されたらすぐ死ぬし。その辺、サキュバスは死なないよね」



「ほとんど不死身に近いからね。ちなみに私の結婚相手も不死身になるよ」


「いいな、フランネルと結婚する人は」


その言葉に胸が締め付けられた。

やっぱり両思いではないかぁ……。

少しガッカリとした思いになった。

いや、大分ガッカリしてる。

感情を表に出さないよう、口を開く。


「それはアオくんだけでしょ」


「そう?」


「うん」


「そっか」


興味なさげに彼は扉へと向かった。

恐らく風呂の時間だろう。

葵はいつも時間通りに動く。

私と居る時間以外は。

辺りをもう真っ暗だ。

窓を開けるとそよ風が髪を揺らす。

流石に今の身長ではここからは出られない。

手近で怪しまれない動物……猫。

指をパチンと鳴らすと姿が変わった。

そのまま窓から飛び降り、屋根を伝って歩く。

今度は鳥になり、高く高く飛ぶ。

街の灯りが眩しい。


「ーー♫ーー♪」



10分ぐらい経ってから、マンションに戻った。

部屋の電気は消されており、花瓶が割れている。

花びらは水面に浮かんでおり、晩御飯に作ったであろうモノが散らばっていた。

そういえばもう1つの欠点があったことを思い出す。

彼は。

異常なまでに執着心が強いのだ。