女という生き物は、体の美を追求してしまうものだ。
「きゃあ!」
「クラリッサ様!」
「…………っ」
メイドのルミが驚いて駆け寄ってくる。
私を突き飛ばした若者は、忌々しいものを見る顔で私を見下ろす。
今日は私の十八歳の誕生日パーティー。
学園も卒業し、あとは彼と……この国の王子、ブランドン様と結婚するだけ。
だった。
「っ……」
あ……これ。
このシーン……私、知っているわ。
会場へ向かう中央ホール。
左右に伸びる楕円形の片階段。
赤い絨毯の中央。
天井には煌びやかなシャンデリア。
赤い髪の王子と、黒髪のヒロイン……。
そして、彼はとある令嬢を突き飛ばして続けざまにこう言うのだ。
「君との婚約は破棄させてもらう。理由は分かっているな?」
やはり。
思った通りのーー!
じゃあ、まさかここは……この世界は……!
「…………わ、分かりませんわ」
「分からない? 本当に?」
「お嬢様! お怪我は!」
ルミが私を支え起こす。
本来であれば『貧乳悪役令嬢クラリッサはルミを突き飛ばす』のだが、展開を知っている私はそんな事はしない。
というよりも、状況が正しく把握出来ずに混乱してそれどころじゃなかったのよ。
これは? ここは? 私は? ええ?
「ならばはっきり告げよう。君が小さいからだ! どこが、とは、それこそ言わずともわかるだろう⁉︎」
胸がだろう!
と、内心で間髪を容れずに突っ込んだ。
キッと睨みあげると、王子ブランドンは冷たい眼差しを投げてよこす。
「お嬢様……」
たゆん。
……メイドのルミの胸が顔の横で揺れる。
それを冷めた目で眺めて、自分の胸を見下ろす。
ストーン。
わあ、平地☆
“自分で考えたキャラ”とはいえこれはひどい!
「確か、メイドのルミ、といったか。君はなかなか見事なものを持っているな」
ふふふ、と下卑た笑みを浮かべて、私とルミを見比べるブランドン。
どこ、とは言わんよ、どことは。
知ってた!
ゲスいのは知ってたけど! こ、こいつうぁぁぁぁ!
全貧乳の敵いぃぃ!
「どうだ、そんな残念な主人など捨て、俺に仕えないか?」
「っ……」
「まさか王子の命には逆らえまい?」
言ってる事! 矛盾しとるやんけええぇ!
誘ってるようで完全に『命令』!
こ、このゲス男〜!
「ル、ルミ……」
「…………、も、申し訳ございませんブランドン王子。わたくしはお嬢様を一度お部屋にお連れしなければなりません」
ルミは膝をついて頭を下げる。
そして、睨むようにブランドンを見上げた。
「今日は! お嬢様のお誕生日パーティーですので!」
「……ルミ……」
「…………ちっ。行くぞ、ミーシャ」
「はぁい、王子さまぁ」
今絶対語尾にハート付いた。
そんな甘ったるく、舌ったらずな声色。
いや、それは……それはいいのだが……。
だって自分で書いた物語なんだもの。
「…………」
いや、でもさ。
でもさ?
「…………じゃなくてぇ!」
「お嬢様⁉︎」
この世界は……私の創作小説『巨乳美女ハーレム計画 〜巨乳は正義、貧乳は絶対悪〜』。
間違いない。
だって自分で書いたんだもの。
え? 題名?
ええ、ひどいわよねぇ、ちなみにR-18よ。
だから題名がひどいのは『仕様』よ!
R-18作品なんて題名からしてアホにならなきゃやってらんないでしょ!
まあ、いいわ! それはそれ、今はこの状況よ!
「お嬢様、大丈夫ですか? 頭を打ち付けておられませんか?」
「だ、大丈夫……。でも、これではパーティーは……」
「そ、そうですね。しかし、本日はお嬢様のお誕生日パーティーですし……王子があの様子では、中止には……」
「………………」
ルミ。
この作品のメインヒロインの一人。
主人公は先程の王子ブランドン。
第八王子の彼は、この国で富の象徴とされる巨乳美女たちを手篭めにしてのし上がっていく。
最終的に兄であり王太子のチャーリー様の超巨乳美女シーリンという婚約者を寝取り、王になる……というストーリー。
つい先日完結して、それなりにPVもあった私の代表作!
……なのだが……。
「……一度部屋へ戻って髪と化粧を直しますわ。ルミ、お願い」
「はい。かしこまりました」
ルミは……平民で、スラム街でスケベ親父に拾われ性的な虐待を受けて育つ。
しかし、そのおっさんはルミを貴族令嬢のメイドとして売り払い、彼女のお給料を巻き上げる方が効率が良いと覚え彼女を無給で我儘貧乳公爵令嬢、クラリッサ・フェイデンの下へと叩き込んだ。
彼女はクラリッサにイジメに近い扱いを受けながらも必死で働き、ある日クラリッサが婚約していた王子ブランドンの目に留まる。
王子ブランドン……主人公は富の象徴とは真逆の貧乳令嬢クラリッサと婚約を忌々しく感じていた。
なので、同じくらいの権威がある侯爵家令嬢ミーシャを元の婚約者から寝取り、クラリッサが貧乳な事とルミを虐めていた事の二つを理由に婚約を破棄。
ルミを手に入れる。
つまり、今のはクラリッサが主人公に婚約破棄を言い渡されるシーン。
ブランドンは婚約破棄された事でブチ切れたクラリッサに、ルミが虐められるところを期待していたのだろう。
そこを華麗に助けて、クラリッサからルミを引き離し自分のものにする。
ええ、本来ならこの後ルミはクラリッサから引き離されて一室に連れ込まれ、ベッドの上で服を引っぺがされ、いけませんいけません〜と言いながら王子に陥落する流れのはずだったわけよ。
自分で考えたストーリーとはいえ、あほくさ……。
「…………」
「お嬢様、髪留め、壊れておられますのでこちらに変えても……」
「え、ええ……ありがとう」
「!」
……あ……。
そうか、なんだか驚いた顔をされたけど……クラリッサはルミを虐めてたんだわ。
それなのに急にしおらしくなってお礼なんか言ったから驚かれたのね。
申し訳ない事を……。
「……ルミ、ごめんね……わたくし、今まであなたにひどい扱いを……」
「⁉︎ お、お嬢様⁉︎ やはり頭を打って⁉︎」
「ちょっと……」
いや、でもこの子のこういうところも悪いわ。
余計な事を一言付け加えるんじゃない!
「違うわ。……ブランドン様を見ていたら、急に自分の行いを振り返ってしまったのよ」
「なるほど!」
「…………」
純粋なのも考えものね。
相手は王子よ? そんなにストレートに納得するのもどうなの?
「確かに先程のブランドン様はゲスです! お嬢様という婚約者がありながら別の女性をエスコートして入場しようとした挙句、それをお引止めになられたお嬢様を階段の上から突き飛ばすなんて! 紳士のする事ではありません!」
な、なんて説明口調なの⁉︎
あ、もしかして辻褄合わせ的な現象なのかしら?
一度書かれたストーリーだから、補正かなにか?
……けど、それなら今頃ルミは王子に部屋へ連れ込まれてるはず。
つーか……自分で考えた話とはいえ婚約者の家で婚約者の誕生日パーティーの最中、婚約者を階段から突き飛ばして挙句婚約者のメイドを婚約者の家の一室に連れ込んで暴行するなんてゲスの極みもいいところだわねブランドン!
しかもうち、公爵家よ公爵家!
王家であっても謝罪ものじゃない⁉︎
くそう、これだから御都合主義のR指定ハーレムモノはぁぁぁあ!
「……っう……」
「! ……お嬢様……」
そうだ、ご都合主義の物語だ。
ブランドンはすでにルミを手に入れる為の『命令』を残していった。
私が拒んでも、王族の権力と物語の強制力でルミはブランドンのものになるのだろう。
クラリッサはルミをブランドンにあてがうためだけに登場した当て馬。
婚約破棄された自分ではなく、王子に溺愛されるルミに嫌がらせを続けて、最後は国外追放、家はお取り潰しになる悪役令嬢だ。
うっ、そういえばクラリッサも婚約をもう一度結ぼうと必死になってブランドンに夜這いをかけるシーンも書いたなぁ。
アイツそれでしっかり据え膳を味わいおってポイするのよね。
自分のキャラとはいえ本気で死んで欲しい。
クラリッサはそのせいで王子のお手付き、非処女として次の婚約者も決まらず、ますますルミへのイジメを悪質にしていく。
書いてて「あんなクズ諦めればいいのに〜」なんて読者さんと盛り上がったりしたけど――。
こんなに惨めな気持ちになるなんて……。
「うっ、うっ……」
「お、お嬢様……」
ルミの前でボロ泣き。
だって仕方ない。
今後の運命を考えると……ルミは王子に溺愛されて最後はハーレムの中で一番王子に愛されるキャラとなるのだ。
それに比べてクラリッサは処女をブランドンに捧げるのにルミを虐めて破滅。
こんなのあんまりよぉ〜!
「クラリッサに救済はないんですか?」という読者さんの声を聞いておけばよかったぁぁ……!
「例え処女のままでもこの世界で貧乳は貰い手がありませ〜ん☆」とか返事してる場合じゃなかったわよおおぉ〜〜!
「……旦那様にパーティーを中止にして頂くように……」
「それはダメよ! 負けた事になるじゃない!」
「で、でも……」
「……それはダメ。ダメなのよ……」
クラリッサは逃げなかったもの。
ストーリーでは描かなかったけど……というかR指定シーンで入れなかったけど後日談に書いた。
クラリッサはルミがブランドンに手篭めにされる中、乱れた髪や化粧を整えてパーティーを続行。
婚約者が自分のメイドとよろしくやっているのを知った上で、怒りを腹に抱えたまま貴族令嬢としての職務を全うしたのだ。
私も逃げたくない。
あんなゲス野郎の為に、自分の誕生日を台無しにするわけにはいかないわ。
「今日の為に新調したドレスも、靴も、準備してくれたみんなの努力も……あんな男の為に無にするなんて、そんなの許せる?」
「……お嬢様……」
状況は、掴めない。
でもそれだけははっきりと言えた。
クラリッサは見てきた。
このドレスを一ヶ月以上前から準備し、数日前から会場の飾り付けをする使用人達、料理を昨日の夜から仕込むシェフ達……。
その努力を知ってる。
「……大丈夫よ。わたくしは負けないわ」
「っ、はい! お嬢様! ルミもお手伝い頑張るです!」
「…………」
たゆゆん!
…………くそぅ、おばかキャラ+純粋巨乳め……。
***
「ふぅ、なんとかなったわね」
「はい!」
翌朝、私はルミと共に公爵である父に昨日の話をした。
階段ホールには他の招待客もおり、話はすでに父の耳にも届いていたようだ。
朝一番で呼び出され、昨日は大丈夫だったか、と優しい口調で気遣われた。
「はい、ありがとうございます、お父様」
「うん、昨夜は疲れただろうから、話は今朝にしたが……先程王家から書状が届いた。お前とブランドン王子の婚約解消を正式に依頼するものだな」
「…………」
あの王子……手回しが早すぎるでしょ。
ご都合主義の小説世界とはいえ、事前に準備が進められていたとしか思えないわ。
「理由を、お伺いしても……」
「理由はお前の胸が小さいからだそうだ。……確かにこの国は胸の大きな女性が好まれる。地位が高ければ高いほどにな」
「…………」
はいはい、ご都合主義ご都合主義!
そうね! この世界はね!
R指定ハーレム世界だもん! 胸はでかい方がいいわよね! ふんっ!
「昨日の話と合わせても、ワシはこの婚約破棄、了承しても良かろうと思う」
「え! お父様……」
「貧乳の良さが分からんバカに娘はやれん!」
「……え? お父様……?」
「ではなく……。……実は以前からお前に合うのではないか、と思っとる男がおるんだ。貧乳好きの……んん、ではなく……、仕事先でよく会うようになった男爵の男なのだが……」
すんげー満面の笑みでニヨニヨ話すわね。
そんなキャラいたかしら?
そう思いつつも、クラリッサの父親の楽しげな様子に、会ってみたい、という気持ちが大きくなる。
そして、男爵様と会う事が決まった。
彼はエイベルト・ジーテル男爵。
近隣を暴れまわった蛮族との戦いで、蛮族の長を下し友好を築き、男爵の地位を得た自由騎士。
腕は確かで、また大変な好青年。
父が気にいる人なのだ、きっと素敵な人なんだろう。
しかし、小説の中のクラリッサなら嫌がりそうだな、とも思った。
蛮族と仲良くなるような男は信用出来ない、とか言いそうだ。
「ああ、それとルミの事だが、そちらも心配しなくていい。ワシの方でなんとか断っておく。まったく、シルゴード卿の息子の婚約者を奪っておきながらうちの娘を傷つけメイドに手を出そうなんて! まったく! 今度陛下に直接チクっておかねば!」
チクるんかい。
つーか直接チクるって、表現としてどーなんだ。
「……ありがとうございます、お父様」
「ん!」
お辞儀をして、部屋を出る。
なんだ、クラリッサって……本当に『良いご家庭』の一人娘なのね。
「…………」
私……この世界の創造主……作者なのに、そんな事も知らなかったなんて。
「お嬢様! どうでしたか!」
「あ、ええ。大丈夫そうよ。あなたの事も、お父様がなんとかしてくださるって」
「! 本当ですか! ありがとうございます!」
「それはお父様に直接言いなさい」
「はい!」
たゆん。
たぷん。
「…………」
いちいち揺らすな。
イラつく。
は? どこを? 聞くな、察しろ。
「……とはいえ、このままってのも、面白くないわよね」
「?」
なんだかよく分かんないけど、ここは私が書いた創作小説の世界!
間違いないわ、こんな『巨乳優遇、貧乳は婚約破棄されてもやむなし』みたいな世界が二つとあってたまるものですか! 滅べ!
あと何より自分の小説のキャラとはいえブランドン〜〜〜〜!
クラリッサ視点で見るとホンット死ねよテメェ!
なんでなんのザマァもなしにハーレム作って王座に就いて幸せに暮らしてんだ許せん!
貧乳だからって婚約者を階段から突き飛ばして良いと思ってんのか死すべし!
クァァアァァ〜! 怒りが収まらない!
これはもう、作者自らの手で物語を主人公ザマァエンディングに書き換える他ないわ!
そう、復讐よ!
「やってやるわ! わたくしはやるわよ、ルミ!」
「は、はい! な、なにをですか!」
「バストアップよ!」
「?」
「そうと決まれば補正下着を作って、寝る時用のブラを作ってそれから、確かお豆腐とお豆とお肉も良いはずよね。ルミ、すぐに仕立て屋を呼んで! まずは下着よ!」
「は、はい!」
見ていなさい、スケベゲス王子ブランドン!
作者INクラリッサがダイナマイトバディになって、お前を成敗してやるわ!
この物語は新作よ!
R指定は取っ払う!
そうね、タイトルは――――
『貧乳悪役令嬢の逆襲! 〜貧乳を理由に婚約破棄されたので、せめてCカップになって見返してやります〜』よ!