「いや……もしかすると、もうそんな必要もないかもしれんがな。……では、もう行っていいぞ。叙爵の宴の予定は追って知らせよう。楽しみにしておくがよい」
「「失礼いたします、父上」」

 前ふたりの兄の声に小さく重ねるようにして、私は父に声を掛けると、執務室を退室してゆく。
 まるで空気のように私を無視し廊下の奥に消えていく兄たちを見送った後、私は近くで談笑していた使用人たちに声を掛けた。

「あの、顔を洗いたいのだけど……お水をもらえないかしら」
「別のお仕事がありますので」

 そっけなく答え、使用人は再び私を見なかったかのように会話を再開した。こんなのはまだましな方だ。話しかけても答えてすらくれないこともままあるから。

 私は外に出ると、他の使用人たちが井戸を使い終わるのを大人しく待ち、桶に汲んだ水で顔をゆすぐ。汚れたハンカチは捨て、ドレスの裾で顔を拭った。

 しかし……拭っても拭っても、ぽたぽたと桶の水に水滴がしたたり落ちてくる。