品のよい装飾をあしらわれた一台の豪華な馬車が、たった今西に向けて王都を発った。

 それは少し特殊なつくりをしており、向かって右側には長椅子が伸び、左側にはやや狭いが、揺れを緩和するようしっかりとばねの利いた簡易寝台が設えてある。

 右の長椅子には、ハーメルシーズ領を収める辺境伯ディクリド、そしてその配下で子爵位を持つフィトロが座っており……そして、左の簡易寝台には、先日彼らが命を救ったところのサンジュという娘の身体が納まっていた。

「家族に虐げられ生きて来た娘……か」
「身分を至上とする貴族の間ではよくある話ですね。といっても、少々度が過ぎているとは思いますが……」

 落ち着いた口振りながらもフィトロの言葉には憤りの響きがある。ディクリドも、それについては同じ心境だ。
 そしてふたりがサンジュの言葉をいささかの疑いもなく真実だと認めたのは、憔悴しきった彼女の様子とは別に……水中から救いだしてすぐ、その身に起きていた出来事の断片を知ることになったからである。