寮から出てすぐの場所で遥斗はうずくまっていた。その姿を見て、直接素直に遥斗の気持ちを聞けばよかったと、後悔する気持ちが湧き上がってきた。

 持ってきた遥斗のコートを着せると、遥斗の横でしゃがんだ。そっと俺は遥斗の頭を撫でる。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」

 悲しそうにしか見えない笑顔で遥斗は言った。

 大丈夫、大丈夫……いつも大丈夫って。

 そう、明らかに大丈夫じゃなさそうな時も、遥斗はいつもそう言うんだ。無理やり笑顔を作りながら。

 本当に大丈夫なの?
 大丈夫じゃないだろ。

 白いテーブルの前で座る時に座布団がなかった時も、きっとお尻が痛くて。
 不良に絡まれていた時も、本当はずっと怖い気持ちのままで。
 転ぶたびにできる傷も、本当はいつも痛くて……。

 俺以外の前でも「大丈夫だよ」って、いつも平気なふりをしてるのかな。
 ずっとそうやって生きてきたのかな。

 遥斗の過去も知りたくなる。

 周りに心配させたくないからなのか、理由は遥斗にしか分からないけれど、俺には本音を言って欲しい。遥斗の本音を知りたい、全てを知りたい――。
 
「大丈夫?」
「うん、本当に大丈夫だよ」

 ふたりの間に壁を感じる。
 その壁を壊したい。

「本当のこと教えてほしい」

 真剣に、遥斗をじっと見つめて俺は言った。

 これで「大丈夫だよ」って返事が来たら、本当に言いたくなくて、しつこくて嫌がられるかもしれない。これ以上質問するのはやめよう。

 顔を俺に見せないようにしてうつむく遥斗。 
無理やり顔を覗き込んだら遥斗の瞳が潤ってきた。

「大丈夫?」
「……本当は、だいじょばない。嫉妬で狂いそう」

 初めて見せてくれた遥斗の本音。

 俺のことが好きかもという予想は当たったけれど、俺がついた嘘でそんな気持ちにさせてしまって、本当に後悔し、心が痛い。好きな人が目の前にいて、その人が別の人と付き合うとか、想像しただけで辛いよな。

「俺も、遥斗が俺以外の誰かと付き合うとか……逆の立場だったらもう狂いすぎると思う。多分、暴れる」

「えっ?」

 遥斗は勢いよく顔をあげた。

「ごめん、嘘ついたんだ。彼女なんて出来る気配もないし、いらない」
「……」
「俺がほしいのは、遥斗だけ。ってかめちゃくちゃ震えてるじゃん」

 震えているのは寒いから?
 それとも、心が辛くて?

 理由はどうでもいい。
 遥斗は今、だいじょばないんだ。

 思い切り抱きしめたくなって、遥斗のだいじょばない気持ちを消したくて――。

 キツく抱きしめた。
 それから耳元で呟いた。

「付き合ってくれる?」

 遥斗は、こくんと頷いた。

「これからはだいじょばないことは、何でも言ってくれる?」

 遥斗はもう一度、頷いた。そして耳元で「ふふっ。もう大丈夫だよ」と弾んだ声で呟く。

 抱きしめているから遥斗の顔は全く見えない。
 抱きしめながら、遥斗の幸せそうな笑顔を想像した。

 そうしたら、雪のようなふわりとした気持ちになった。
 ふわふわと、優しい雪は降り続ける。

 そうして俺らは、恋人になった。

***