宮野先輩とすれ違った廊下には、当たり前だけどその痕跡は一切残らない。


けれど私の鼻をくすぐった爽やかでいてどこか甘い香りと、日の光を浴びてキラキラと輝いて見えるようだったその姿は、記憶に深く刻まれてしまって思い出すだけでもドキドキした。


(宮野先輩……また会ってみたい……)


夢から覚めてもまだ夢のつづきを見たがるように、ついそんなことを願うほどには心を奪われてしまったらしい。
すれ違っただけだというのに、距離が近くなってしまったかのような錯覚は厄介だ。


まだドキドキしている胸の前で、ぎゅっと右手を握りしめて騒ぐ胸に当てる。
ゆっくりと歩き出しながらも思い出すのは宮野先輩のことだけだ。


知り合うきっかけなんてないし、話しかけられるような勇気も用件もない。
どちらか叶ったところで、私にはそこまでだろう。


少し自分を落ち着けなくてはと、私は教室に戻る前に自販機コーナーに立ち寄った。
冷たいお茶くらい一口でも飲まないと宮野先輩へのこの感情は冷めそうにない。そう思った。


放課後の自販機コーナーは空いていて、何を飲もうかと悩みながらポケットの中に入れているコインケースを探って取り出した。
いつもの緑茶にしようと決めて、コインケースのファスナーを開けその中に指先を入れたときだ。


人の気配が近づくことに気づくのが先だったか、記憶に刻まれたばかりの香りを鼻先で捕らえたのが先か。
私の隣には宮野先輩が立っていた。