すれ違った瞬間、ふわっといい匂いがして思わず立ち止まって振り返ってしまった。
高校に入学してから遠目でしか見たことのない三年生の宮野貴文(みやのたかふみ)先輩だ。


一年生である私とは学年も違うから、廊下で出会う機会もそうそうない。
けれどその名前も存在も、嫌でも耳にも目にも入る。そんな人だ。


きれいに茶色が入った、宮野先輩のウェーブがかった髪が午後の日の光を浴びてキラキラ輝いて見えた。
背が高くて、足が長くて、股下の長さもバグっているのかとさえ思う。
整った顔立ちはかっこいいなんて通り越して、なんてきれいなのだろうと、見惚れるとはまさにこういうことなのだと教えられた気がする。


他校に彼女がいるとかいないとか。
年上のお姉さんが恋人だとか。


噂ばかりが独り歩きしていて、実際には宮野先輩が誰かと一緒に仲睦まじく過ごす姿を見た者は誰もいない。そんな現実がある。


私としては宮野先輩のプライベートがどうであれ、間近で推しの存在を感じてしまったかのような夢見心地のまま、書き終えた日誌を職員室にいる担任に届けて廊下に戻ると、ふと我に返った。