時刻は夜の七時過ぎ。

「美海ー、そろそろご飯できるわよー」
「ああ、うん! 今行くー」

 落ちこんでいたところをお母さんに呼ばれた。

 告白の返事、結局、今日もできなかったなぁ……。

 釈然しない気持ちを胸に引きずったまま一階に行くと、すでに帰ってきていたらしいお父さんがリビングのソファーでテレビを見ながらくつろいでいた。

 私がおかえりって言うと、お父さんは笑顔でただいまって返してくれる。

 お父さんは昔から口数が少なくて物静かな人だった。

 でも、それは家庭のことに全然、無頓着ってわけじゃない。むしろ、三年前の引っ越しが決まった時だって私のためにギリギリまで仕事場に交渉してくれたくらい優しいお父さんだ。

「美海は最近、学校どう? そろそろ慣れてきたかしら?」

 夕飯のハヤシライスをよそいながら聞いてきたお母さんは、ちょっとぬけててうっかり屋さん。それに小柄だからか、実年齢より若く見られがちなのが悩みだという。

 ちなみに私はよくお母さん似だと言われる。

「だいぶね。それに波琉も一緒だから」
「ふふふ、それもそうね」

 私の答えに小さな笑みをこぼしたお母さんは、なんだか嬉しそうだった。

「寝坊しても美海のこと、ちゃーんと学校まで送り届けてくれるもの、ね?」
「み、見てたんだ」

 今朝の波琉のこといい、お母さんにしてやられた気分だ。

 普段はおっちょこいなイメージなだけにちょっと悔しい。

 とはいえ、なんだかんだで私はお母さんとお父さんのような優しい家族のもとに生まれてこられたことを心の底から幸せに思う。
 
 こんな出来損ないの私でも、十六年間、ずっと愛想を尽かすことなく育ててくれたんだ。だから二人には感謝してる。波琉と同じくらいに。
 
 
「お皿洗い、いつも手伝ってくれてありがとうね、美海」
「ううん、大丈夫」

 ご飯を食べ終わった後は、いつもお母さんの手伝いをするようにしている。せめてもの親孝行のつもりだ。私は波琉と違って、勉強も運動もダメだから。

「そういえば、美海はもう波琉くんとは付き合ったの?」

 お父さんが二階に行ったのを確認すると、お母さんは何の前置きもなしにさらっと聞いてきた。

「ふぇっ!?」

 あまりの突拍子のなさに、思わず声が上ずる。

 危ない。危うく洗っていた食器を落とすところだった。

「な、なんで急に……そんなこと聞くの?」

 お母さんには三年前のあの日、波琉に告白されたことは言っていないはずだった。

「あら、違うの? てっきりお母さんはもうそういう関係なのかと」
「その言い方、なんか色々、誤解を招きそうだからやめて。それに私と波琉は……」

 ただの幼なじみだよ、とは言い切れなかった。

「二人の仲に水を差すつもりはないんだけどね」

 お母さんはお皿を拭いていた手を止めて、私を見る。

「お母さん、美海には後で後悔してほしくないから」
 
 どういうつもりでお母さんがそう言ったのか、言葉の真意はわからない。

 だけど——

 このままじゃダメだと思った。


 私は部屋に戻ると、ベッドの上に置いてあったスマホを手にとった。

 決意が冷めない内に、急いで波琉の番号にかける。

「——もしもし、波琉?」
「おう、美海! こんな時間にどうした?」
「えっと、その……ちょっと話があって。直接、会って伝えたいんだけど、今から会える?」

 すると、何かを察したのか、少し間があってから波琉は至っていつも通りの調子でオッケーと返してきた。