〜陸side〜

「それにしても、まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ」
「たまたまやることがなかっただけ、勘違いすんな」

 夜闇の中でもよく目立つさらさらの金髪の後ろ姿。

 最初はどういう風の吹き回しかとも思ったけれど、やっぱり彼女、八城はあいかわらずだな。


 初めはダメ元で誘った。

 『花火を一緒に見ないか』と、数時間前にたった一言、メッセージで。

 どうせ、断られるだろうと思っていた。

『お節介メガネが奢ってくれるっていうなら、一緒に行ってあげないこともないけど』

 だから、僕はそれを見た時、スマホ画面相手に驚いてしまった。

 そして、その約一時間後。

 八城はそれはそれは眠そうに待ち合わせ場所に現れた。半袖のスウェット姿で、いかにも部屋着そのままといった様子で。

 腰に巻いたカーディガンだけはどうもこだわりがあるらしく、学校の時と同様、ご健在だった。

 まぁ、その方が八城らしい。かくいう僕も人のことは言えないが。


「ここだ。昔、優希奈と一緒に花火見た場所」

 水ヶ島神社の裏手の方にある茂みを抜けると、そこには展望台があった。

 周囲と比べても、そこだけ少し高くなっていて確かに花火を見るのには適した場所だと思った。

 彼女は後からついてきた僕を置いて、展望台へと続く木製の階段をひょいとひょいと上っていく。

「遅いぞ、お節介メガネ」
「そう急がなくても、ここまで来ればもう十分、花火はよく見えるだろう」

 というか、あんなに屋台で散々、食べておいてよくそんなに身軽に動けるな。

「ああ? 今、なんか言ったか?」
「いや、なんでも」

 実際に口に出したわけではないのに急に鋭い目つきでにらまれ、ほんの一瞬の焦りを覚える。

「ったく、早くしろよー」

 幸い八城はそれ以上、深くは追及してこなかった。

 展望台に着いて、事なきを得た僕は内心でほっとする。

 すると、ちょうどそのタイミングを見計らったように最初の一発目の花火が打ち上がった。

 鮮烈な光がいくえにも重なり、花びらとなっては辺り一帯を艶やかに照らし出す。

「そういや、久々だ。誰かと一緒にこんなふうにちゃんと花火見たの」

 不意につぶやくような声で八城が言った。

「優希奈のこと、どうしても思い出しちまってよ。どうせ今日だって、お節介メガネに誘われてなきゃ家でぐだぐだしてた」

 じっと空の花火を見つめる彼女の瞳はどこか儚げだった。

 きっとまだ完全には踏ん切りがつけられていないんだろう。そう簡単には。

 それでも最近の彼女は以前に比べ、自然な笑顔をよく見せてくれるようになった。

 美海ちゃんとも、なんだかいって仲直りしたようだし。ひとまずは僕も安心だ。

「なぁ、八城。好きだ」
 
 音と光にあふれる世界の中で、僕は静かにそう告げた。

 八城はしばらくの間、目を見開いたまま固まっていた。

「は、はああああ!?」

 まるで不発した花火のような拍子抜けした声。

 思わずといった様子で、彼女は一歩、後ろに退いた。

「きゅ、きゅ、きゅ、急に何言い出すんだよ!? どっか頭でもぶつけたか!?」
「いや……僕は至って大真面目だ」

 愛の告白というものを、生涯したことのなかった僕。

 顔が熱い。

 なんだろう。今までに感じたことのない不思議な感覚だった。

「ワタシなんかのどこが」
「似てると思うから、僕達って」

 とたん、真顔になったぱちくりとまばたきを一回する。

「はっ、なんだ、それ」

 それからちょっと呆れたように吹き出した。

「それで、お前はどうなんだ? 八城」
「ワタシは……別に好きじゃねぇよ、お節介メガネのこと」
「そうか……」

 どうせ、そう言われるだろうとは思った。それこそ初めから期待なんてしていない。

「でもまぁ、嫌いでもない……」
「それは、どういうふうに受け取ったらいいんだ?」
「……自分で考えろ」

 そっけなく吐き捨てて、ぷいとそっぽを向いてしまう彼女。

 ちょうど花火の光が重なって、その横顔はよく見えなかった。


「終わってんなー、花火見た後に寄る場所が墓場って。ロマンチックのカケラもねぇ」
「お前が行くと言ったんだろう」
「だからって、お節介メガネまでついてくる必要ねぇじゃん」
「もう時間も遅い、お前一人に夜道を歩かせるのは心配だ」
「保護者かよ」

 花火が終わって以降、すっかり元の調子を取り戻した彼女の相手をしている内に、気付けば目的の場所までたどり着いていた。

「優希奈……ごめん、遅くなって。優希奈も見たか? 今日の花火」

 優希奈ちゃんが眠っている墓石に向かって、八城は穏やかな口調で語り掛ける。

 その瞳は、ただ妹を想う一人の姉としての純粋な愛情で満ちていた。

「それからこれ」

 彼女はポケットからガラスの小瓶を取り出すと、墓石の前に置いた。

 中には小瓶いっぱいのシーグラスが入っている。

「となりにいるお節介メガネとさっき集めてきたんだぜ」

 しゃがみこんだまま、にっと笑った彼女の表情は穏やかだった。

 ここ最近の彼女は、角が取れて性格も以前より丸くなったような気がする。

 それでも誰彼構わず喧嘩っ早いところは、もう少し直してほしいのが本音だけれど。

「どうしたんだよ、お節介メガネ。んなところで、ぼうっと突っ立って」
「ああ、いや。そういえば、波琉くんのお父さんのお墓もこの近くだったなって」
「なら、寄ってけば?」
「なんだ、ついてきてくれるのか?」
「しゃーねぇな」

 まったく素直じゃないなとは思いつつ、僕らは並んで歩き出した。

 優希奈ちゃんのお墓から数十メートルほど離れたところに、波琉くんのお父さんのお墓はある。去年、たった一度、波琉くんと来たっきりだったけれど、僕はその場所を覚えていた。

「この花、さっきもどっかで見たような……」

 暗がりの中、花立てに生けられた紫の花を神妙そうな面持ちで凝視する彼女。

「それなら多分、展望台の近くだ」
「えっ、マジで? てか、よく覚えてんなぁ」
「まぁ、記憶力は悪くない方だと思ってる」
「うわぁ、なにそれ自慢? なんかムカつく」

 理不尽な彼女に僕は取り立てて言い返すこともなく、となりにしゃがんだ。

 八城のこういう態度にはもう慣れているのと、なにより波琉くんのお父さんの前で言い合いなんてしても失礼だろう。

「これはきっと”桔梗(ききょう)”の花だ。確か花言葉は――」
「花言葉は?」
 
 身を乗り出して聞いてきた彼女に、僕はそっとささやくような声で言った。

「永遠の愛、だったかな」


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