彼女の目線の先を見る。すると、そこにはあろうことか一人の小さな女の子がいた。

「……だれ?」

 女の子が顔を上げる。

 まるでビー玉みたいに丸くて黒いその瞳に、茶色っぽいおさげの三つ編み。

 私はそれに見覚えがあった。

「優希奈ちゃん……?」

 自分でも一瞬、目を疑った。

 けれど、どこからどう見てもたった今、私の目の前にいる少女はこの前、八城さんの部屋の写真で見た子と酷似していた。

「なんで、知ってるの? 優希奈の名前」

 疑り深げな視線を向けられ、私は慌てる。

「あっ、えっと……私はその、あなたのお姉さん、八城さんの知り合いっていうか、友達みたいなもので。それからこっちは」

 言いかけて私はあれと思う。

 さっきまでとなりにいたはずの巫女の姿がどこにも見当たらないのだ。

 お、おかしいな。

「おねえちゃん……」

 その時、優希奈ちゃんの表情にふっと陰がさした。

 まずい、これでは初っ端から空気が重たくなってしまう。

「ねぇ、ここで何してたの?」

 とっさに私は話題を変えた。

「これ、あつめてたの」

 すると、優希奈ちゃんは透明な小瓶を見せてくれた。中には青や白、紫といった小さなガラスのカケラのような物がたくさん詰まっている。どれも色鮮やかで見ているとうっとりしてくる。

「わぁ、すごい。とっても綺麗だね、宝石みたい」
「シーグラスっていうんだよ。おねえさんも一緒に探す?」
「えっ、私?」
「……嫌だったらいいよ。優希奈、一人で探すから」
「あっ、いや、私も一緒に探すよ!」

 くるりと背を向けた小さな背中に私は慌てて言う。

「じゃあ、優希奈はこっち。おねえさんはあっちね。見つけたら教えて」

 簡単な指示だけすると、優希奈ちゃんは元いた自分の持ち場に戻っていった。


八城さんのこと、優希奈ちゃんはどう思ってるんだろう。

 ふと八城さんの言葉が頭をよぎる。

 ワタシが優希奈を殺した、か。

 聞きたい気持ちはやまやまだけれど、流石にそこまで私は無神経ではない。

 でも、もしも今、優希奈ちゃんが勘違いしたままでいるなら、たった一つだけ伝えてあげたいことがあった。

「あっ。見つけたよ、優希奈ちゃん!」
「ほんと?」

 よーく目を凝らして砂の中を漁っていると、ゴツゴツした岩の中に小さなオレンジ色の破片を見つけた。

「一個だけだけど」

 そっと優希奈ちゃんの手のひらの上にシーガラスを置く。

 まだ細くてちっちゃな子どもらしい手。

「オレンジ……珍しいやつだ」
「そうなの?」
「うん、いつもは青とか白ばっかりだから」
「へぇ、よく知ってるんだね」
「……ずっとちっちゃい時、おねえちゃんとよく一緒にあつめてたから」

 どこか寂しそうな顔でつぶやいた優希奈ちゃんの声を、波の音がさらう。

 優希奈ちゃんは私が渡したひとカケラのシーグラスを両手でぎゅっと握りしめていた。

「優希奈がかぜひいちゃって、家にいる時もね、いつもおねえちゃんが持ってきてくれたの。優希奈が早く元気になるように、お守りだって。でも、おねえちゃん、大きくなったら全然、優希奈とあそんでくれなくなっちゃった。たぶん、おねえちゃんはもう……優希奈のこときらいなんだろうなぁ」
「それは違うよ、優希奈ちゃん」

 うつむいた彼女の手を、両手で包みこむように上からそっと握る。

 私のこの行動に優希奈ちゃんはびっくりして、そのつぶらな瞳をしばたたかせていた。

「八城さんはね、ちゃんとあなたのことを大切に思ってる。それもずっとずっと」
「……うそだよ、そんなの」
「嘘じゃない」
「……だって、だって、おねえちゃんはっ」

 頑なに首を横に振る優希奈ちゃんから私は目をそらさない。

 届いてほしかったんだ、彼女に。八城さんの本当の想いを。

「八城さん、言ってたよ。もしも優希奈ちゃんに会えたら、愛してるって伝えたいんだって。優希奈ちゃんに言っちゃったことも、ずっとずっと後悔してた。だから、どうかお願い。信じてくれないかな?」

 まだあどけない瞳の奥が揺らぐ。

「うっ……」

 ぽたりと彼女のその瞳からあふれ出した涙が頬を伝い、砂浜に落ちる。

 小さな拳が震えているのが、握りしめた手からじかに伝わってきた。

「本当はね……優希奈も、おねえちゃんに会いたい。いっつもわがままでごめんねって、優希奈もおねえちゃんのこと大好きだよって言いたい」

 涙ながらに彼女はそう口にした。

「だったら私が伝える、優希奈ちゃんのその気持ち」
「え? そんなことできるの?」

 優希奈ちゃんが、驚いたようにすっと顔を上げる。

「うん、できるよ」
「本当に?」

 不安そうに聞き返す彼女に、私はうなずいた。

 握る手にぎゅっと力をこめる。すると、優希奈ちゃんは少しだけ安心したように笑った。

「ありがとう」

 その時、優希奈ちゃんの体が突然、白い光に包まれた。

「わっ!」

 その光のまぶしさに私は思わず、反射的に目をつむる。

 次の瞬間、優希奈ちゃんの姿は光もろとも消えていた。

「ゆ、優希奈ちゃん!?

 ぎょっとした私は、とっさに周囲を見渡す。

 しかし、優希奈ちゃんの姿はどこにもない。