「わたしの大切な人はね、もうここにはいないんだ」

 突然、感極まったような声で彼女はしみじみつぶいた。

 彼女の言う大切な人とは、きっと青年のことだろう。

「海の向こうに行っちゃってさ」
「海の、向こう……?」
「うん、実はこの世界の海って現世に繋がってるの」
 
 頭の上にハテナを浮かべる私に、彼女は驚くべきことを言った。

 それを聞いて私はふと海の方に目をやるけれど、そこには何度見ても、まるでネオンの光のような壮大な青が延々と続いているだけ。

「生まれ変われるんだ、わたし達」


 彼女は前を向いたまま、ごく当たり前のことをようにそう言った。

「聞いてよ! 彼ってばさ、なんか突然、一人で勝手に海の向こうに行っちゃったんだよ。それもわたしのこと放ったらかして。まったく酷い男だよね」

 ちょっと怒ったように言いながら彼女は肩を落とす。

 けれど、言葉とは反面、彼女からは大切な人に対する温かな愛情を感じた。

「まぁ、でも、それは彼が選んだことだから、わたしがブーブー文句言ってもしょうがないかぁって今は割り切ってるんだけどね」

 大人びた考えだと思った。

 だけど、それくらい彼女は心の底から彼のことを愛していたんだろう。

「それにわたしだって、なんだかんだここで楽しくやってるから」

 そういえば、彼女には役目があると言っていた。

 それはこの場所に迷いこんだ人々を元いた現世に帰してあげること。

 でも、どうしてそんなことをやっているんだろう。

 疑問に思って聞こうとした矢先、彼女が足を止めた。

 なんの前置きもなしにいきなり立ち止まるものだから、危うく彼女の背中にぶつかりそうになる。

 今度は一体、どうしたというんだろう。