目を開けた時、背中の方からざぁーざぁーという穏やかな波の音が聞こえた。
まるで宝石を散りばめたような瑠璃色の星空に真っ白な砂浜。
嘘……”あの夢”と同じ。
私は絶句した。
こうも信じられないことが立て続けに起こると、自分がどうかしてしまったんじゃないかとすら思えてくる。
シャン! シャン! シャンシャン!
まただ、あの鈴の音。
はっとして振り向くと、そこには淡い光をはらんだスカイブルーの海を背にさっきの巫女が立っていた。
「そんなに怯えなくても、なにもしないよ」
恐怖のあまり後ずさりする私に、彼女はまた何食わぬ顔で語りかけてくる。
「わたしはここの案内人みたいなものだから」
「案内、人?」
「そうそう」
未だに状況把握が追いつかず、呆然と立ち尽くす私に、彼女は「早くしないと置いてっちゃうよ?」と軽く催促した。
正直、まだ頭の整理がまったくもってついていないが、私は促されるまま波打ち際を歩く彼女の後をついていくことにした。
「ていうか、”覚えてないんだ”」
「え?」
なんだか聞き捨てならないようなことを言われた気がして、私は一瞬、足を止める。すると、彼女も一度、歩みを止めたけれど、「ひとりごとだから気にしないで」と、また踵を返した。
「ここはね、霊海って呼ばれてる場所。もう知ってるかもしれないけど」
なにがなんだかわからない私を差し置いて、彼女はこの摩訶不思議な空間について話し出した。内容はおおかた風土記に示されていたものと同じで、俗に言うこの場所は死者の世界なのだと。
「だけど、たまにいるんだよね。君みたいに迷いこんでくる子が」
なにかしらの理由によって、誤ってここへ来てしまった生者を元いた現世に戻すのが彼女の役目なのだという。
とうてい信じられない話だけれど、彼女が嘘をついているようには見えない。なにより今、私がこの場所にいること自体がその証拠だろう。
「あの……」
「うん?」
「つまり、あなたは風土記に書いてあった伝説の巫女なんですよね?」
私の聞き方がそんなにおかしかったのか、彼女がぷっと吹き出す。
「伝説の巫女って」
笑い方までどこか優雅で清楚な感じがした。
「みんな大げさなんだよ、伝説伝説って。わたしはただ、その……好きな人にちょっと会いに行きたくなっただけ」
照れくさそうに語る彼女の頬は、よく見るとちょっぴり赤く染まっている。
少し話してわかったことだけれど、一見、クールそうな見かけによらず、案外、表情筋がよく動く人だと思った。
「まぁもう、百年以上も前の話だけどね」
きっと彼女は、それっきりこの話はさらっと流すつもりだったんだろう。けれど、私は気になって少し食い気味に質問した。
単純に知りたかった。あの伝説の続きを。
「伝えられたんですか? その人に」
何をとまで私が言わずとも、彼女にはそれが伝わったみたいだった。
「君、おとなしそうな見た目して意外とぐいぐい来るタイプ?」
「だ、だって、普通に気になるじゃないですか」
思ってもみない質問を返されて、私は必死に弁解した。
「それで結局のところ、どうなんですか?」
「んー、秘密」
「え、えぇ……」
人差し指を口の前に当て、彼女はしとやかな笑みを浮かべる。
「でも、わたし彼に会って現世に戻った後は、ちゃんと巫女としての人生を真面目にまっとうしたつもりだよ?」
「それじゃ答えになってないです!」
「だったら先に聞かせてよ、君の恋バナも」
「なっ……」
まるでいたずらっ子みたいにニヤリと笑う彼女。
ていうか、恋バナなんて言葉、百年以上も前にあるわけないのに、一体、誰から教わったんだろう。
「それで、君はいるの? 好きな人。それとももう経験済みだったりする?」
「……やめてください」
それにその聞き方はなんともいやらしいというか、ものすごく不純だ。
「おあいこだよ」
なんだかしてやられた気分だ。余計なことは始めから聞かないべきなのかもしれない。
だけど、
「だったら、これだけ教えてください。私の……高校生くらいの男の子が一人、ここに来ませんでしたか?」
「どんな子?」
「えっと……背が高くて、二重で、それからちょっと癖っ毛で、後は」
優しいお調子者。
口に出しかけてところで、それじゃ伝わらないかと思い直す。
「一ヶ月くらいに事故に遭って……もうずっと寝たきりなんです」
波琉に関する特徴の他に私は事の経緯を彼女にざっと説明した。
「残念だけど、見てないよ。でも、もしかしたらここにいるかもしれない。一緒に探してあげようか?」
「……いいんですか?」
「うん、だって、どうせ暇だったから」
すると、私からの返事を待つこともなく彼女は再び歩き出す。
暇って……いや、まぁ確かに死者の世界ってあんまりやる事もなさそうだけど。
「それに大切な人なんでしょ? 君にとって」
前を向いたままの彼女が後ろの私に向かって言った。
そうだ。今までずっと、私は波琉に助けられっぱなしで生きてきた。
だからこそ、今度は私が彼を助けたい。
たとえどんなに可能性が低くても一縷の望みがあるのなら。
私はそれに私のすべてをかけたって構わなかった。
まるで宝石を散りばめたような瑠璃色の星空に真っ白な砂浜。
嘘……”あの夢”と同じ。
私は絶句した。
こうも信じられないことが立て続けに起こると、自分がどうかしてしまったんじゃないかとすら思えてくる。
シャン! シャン! シャンシャン!
まただ、あの鈴の音。
はっとして振り向くと、そこには淡い光をはらんだスカイブルーの海を背にさっきの巫女が立っていた。
「そんなに怯えなくても、なにもしないよ」
恐怖のあまり後ずさりする私に、彼女はまた何食わぬ顔で語りかけてくる。
「わたしはここの案内人みたいなものだから」
「案内、人?」
「そうそう」
未だに状況把握が追いつかず、呆然と立ち尽くす私に、彼女は「早くしないと置いてっちゃうよ?」と軽く催促した。
正直、まだ頭の整理がまったくもってついていないが、私は促されるまま波打ち際を歩く彼女の後をついていくことにした。
「ていうか、”覚えてないんだ”」
「え?」
なんだか聞き捨てならないようなことを言われた気がして、私は一瞬、足を止める。すると、彼女も一度、歩みを止めたけれど、「ひとりごとだから気にしないで」と、また踵を返した。
「ここはね、霊海って呼ばれてる場所。もう知ってるかもしれないけど」
なにがなんだかわからない私を差し置いて、彼女はこの摩訶不思議な空間について話し出した。内容はおおかた風土記に示されていたものと同じで、俗に言うこの場所は死者の世界なのだと。
「だけど、たまにいるんだよね。君みたいに迷いこんでくる子が」
なにかしらの理由によって、誤ってここへ来てしまった生者を元いた現世に戻すのが彼女の役目なのだという。
とうてい信じられない話だけれど、彼女が嘘をついているようには見えない。なにより今、私がこの場所にいること自体がその証拠だろう。
「あの……」
「うん?」
「つまり、あなたは風土記に書いてあった伝説の巫女なんですよね?」
私の聞き方がそんなにおかしかったのか、彼女がぷっと吹き出す。
「伝説の巫女って」
笑い方までどこか優雅で清楚な感じがした。
「みんな大げさなんだよ、伝説伝説って。わたしはただ、その……好きな人にちょっと会いに行きたくなっただけ」
照れくさそうに語る彼女の頬は、よく見るとちょっぴり赤く染まっている。
少し話してわかったことだけれど、一見、クールそうな見かけによらず、案外、表情筋がよく動く人だと思った。
「まぁもう、百年以上も前の話だけどね」
きっと彼女は、それっきりこの話はさらっと流すつもりだったんだろう。けれど、私は気になって少し食い気味に質問した。
単純に知りたかった。あの伝説の続きを。
「伝えられたんですか? その人に」
何をとまで私が言わずとも、彼女にはそれが伝わったみたいだった。
「君、おとなしそうな見た目して意外とぐいぐい来るタイプ?」
「だ、だって、普通に気になるじゃないですか」
思ってもみない質問を返されて、私は必死に弁解した。
「それで結局のところ、どうなんですか?」
「んー、秘密」
「え、えぇ……」
人差し指を口の前に当て、彼女はしとやかな笑みを浮かべる。
「でも、わたし彼に会って現世に戻った後は、ちゃんと巫女としての人生を真面目にまっとうしたつもりだよ?」
「それじゃ答えになってないです!」
「だったら先に聞かせてよ、君の恋バナも」
「なっ……」
まるでいたずらっ子みたいにニヤリと笑う彼女。
ていうか、恋バナなんて言葉、百年以上も前にあるわけないのに、一体、誰から教わったんだろう。
「それで、君はいるの? 好きな人。それとももう経験済みだったりする?」
「……やめてください」
それにその聞き方はなんともいやらしいというか、ものすごく不純だ。
「おあいこだよ」
なんだかしてやられた気分だ。余計なことは始めから聞かないべきなのかもしれない。
だけど、
「だったら、これだけ教えてください。私の……高校生くらいの男の子が一人、ここに来ませんでしたか?」
「どんな子?」
「えっと……背が高くて、二重で、それからちょっと癖っ毛で、後は」
優しいお調子者。
口に出しかけてところで、それじゃ伝わらないかと思い直す。
「一ヶ月くらいに事故に遭って……もうずっと寝たきりなんです」
波琉に関する特徴の他に私は事の経緯を彼女にざっと説明した。
「残念だけど、見てないよ。でも、もしかしたらここにいるかもしれない。一緒に探してあげようか?」
「……いいんですか?」
「うん、だって、どうせ暇だったから」
すると、私からの返事を待つこともなく彼女は再び歩き出す。
暇って……いや、まぁ確かに死者の世界ってあんまりやる事もなさそうだけど。
「それに大切な人なんでしょ? 君にとって」
前を向いたままの彼女が後ろの私に向かって言った。
そうだ。今までずっと、私は波琉に助けられっぱなしで生きてきた。
だからこそ、今度は私が彼を助けたい。
たとえどんなに可能性が低くても一縷の望みがあるのなら。
私はそれに私のすべてをかけたって構わなかった。