昔、水ヶ島神社には巫女がいた。

 ある日、彼女が境内の掃除をしていると、そこへたまたまやってきた一人の美しい青年と出会う。

 二人はお互いに言葉を交わし合うに連れ、巫女はあろうことかその青年に恋をしてしまう。

 来る日も来る日も彼女に会いにやってくる青年に、巫女の想いはますます強まっていく。

 しかし、彼女はその恋を諦めざるを得なかった。

 なぜならその時代、巫女は神に仕える者として結婚はおろか、恋愛をかたく禁じられていたから。

 それでも、たとえ決して叶うことのない恋だったとしても巫女はそれでよかった。

 青年と会って話すことさえできれば、彼女はそれで幸せだと思っていた。

 けれど、そんなある時、巫女のもとに悲しい知らせが届く。

 それは想い人である青年が亡くなってしまったという訃報だった。

 実は青年は生まれつき体が病弱で、あまり長くは生きられないことを巫女に隠していた。

 そのすべてを知った時、巫女は自分の本当の気持ちを青年に伝えられなかったことを酷く後悔する。

 もう一度、青年に会いたい。

 その想いの強さ故に、彼女は鈴を持って鳥居の前で舞を踊りながら神に祈りを捧げた。

 どうか、もう一度だけ愛する人に会わせてほしいと。

 すると、ちょうどその時、空の青い満月の光が鳥居に重なって光り出し、白の鳥居を青く染めあげた。

 当然、彼女は驚いたものの月の輝きに魅了されるがまま鳥居をくぐる。

「その先には見たこともないほど綺麗な海と青年の姿があった――えっ、これで終わりですか!?」
「この風土記に書かれてるのはね。なんか釈然としない気持ちは、まぁわかるよ」

 若干の苦笑を浮かべつつ、陸先輩はぱたんと本を閉じる。

「巫女がたどり着いた先はあの世の世界で、海は三途の川のような存在なんじゃないかって、後世の人達の間ではそう言われているらしい」
「う、うーん……」

 やっぱり、どこか信憑性に欠ける話だと思った。

 せめて最後、巫女と青年がどうなったかくらいは教えてほしかったのが本音だ。

「でも、僕は読んでて応援したくなったかな。儚くて切ない巫女の恋心をさ」

 本の表紙を見つめる陸先輩の表情は穏やかで、温かな瞳をしていた。

「一途だよね。いなくなってしまった後も、巫女はずっと青年のことを想い続けてたんだなって思うと」

 その気持ちは少しわかるかもしれない。

 きっと彼女は諦めきれなかったんだろう。

 それくらい巫女にとって青年が大切な人だったから。

 ああ、そっか。私も同じなんだ。

 波琉があんなことになってしまった今、私は後悔してもしきれなくてやるせない。

 今すぐにでも目を覚ました彼に会いにいけたらって毎日のように思う。

 だって、波琉は私にとって人生の大半の時間を一緒に過ごしてきた家族みたいな存在だから。