「ここまでで大丈夫、送ってくれてありがとう」
「そりゃ美海に何かあったら、大変だからな。たとえ明日、空から槍が降ろうとなにがなんでも守るよ」
「あはは、なにそれ。気持ちは嬉しいけど、空から槍なんて降らないでしょ」
「だから比喩だよ、比喩! よく映画とか、セリフであるだろ」
まるで何事もなかったみたいな普段通りの会話。
なのになんで、こんなに胸が締め付けられるの?
ああ、やっぱりダメだ。
これ以上は耐えられそうにない。
「じゃあ、またね、波琉。……明日は勝手に入ってこないでよ?」
「言われなくてもわかってるって!」
私達はお互いに手を振り合った。
そうして作り笑顔が崩れない内に、彼に背を向ける。
「美海っ!!」
その時だった。
突然、波琉の大きな叫び声が聞こえたのは。
「っ……!」
次の瞬間、振り返る間もなく肩に強い衝撃を感じた。
とたん、すべての動きがゆっくりになって、まるでスローモーションのようになる。
キィィィィィィィィー!!
フラッシュの強烈な光と共に、ガシャンという激しい衝突音が耳をつんざく。
うっ……。
私は気付くと、わけもわからないまま道路の脇に放り出されていた。
視界がふらつく。
体のあちこちが痛い。
ぼやけた意識の中、誰か知らない女の人の甲高い悲鳴が聞こえた。
「おい、あそこ! 人が倒れてるぞ!」
騒ぎを聞きつけた近所の住人が、次々に集まってくる。
何が、起こったの……?
「誰か! 今すぐ救急車を呼べ!」
救急、車……。
私は地面に手をつき、なんとか力を振り絞って体を起こした。
するとおぼろげだった意識も、徐々にはっきりしてくる。
そうだ、波琉は?
「え……」
その瞬間、息が止まった。
道路に伸びる真っ赤な血。
電柱に突っこんだ黒い車。
辺りにはフロントガラスの破片が派手に飛び散っている。
嘘、だよね……?
まるで自分が何か、悪い悪夢でも見ているんじゃないかとすら思えた。
嫌だ……もうこれ以上、なにも見たくない。
見たくない、のに……。
自ずと見えてしまったんだ、”それ”は。
波琉……なんでっ!!
前方部分がぐしゃぐしゃにひしゃげた車の傍ら、意識を失ったままの状態で倒れている波琉の姿があった。
近づいてくる救急車のサイレンと、点滅を繰り返す赤のランプ。
それらがいっそう私の不安をかき立てた。
「はぁ……はぁっ!」
息が苦しい。まるで心臓を圧迫されているみたいに。
「通してください!」
その時、人だかりの向こうから聞き覚えのある声がした。
「お母、さん……?」
きっと外の騒ぎを不審に思ったんだろう。
人混みの間から、血相を変えたお母さんが走ってきた。
「美海っ!!」
お母さんは私のところまで来ると、ただ泣きそうな顔で私を強く強く抱きしめた。
「あ、あぁ……」
その時やっと、これはまぎれもない現実なのだと思い知らされた気がした。
認めたくなんてない実感。
そして、なにより絶望がいっしょくたになって襲いかかってくる。
思わず、嗚咽を漏らした私に、お母さんは何度も何度も、大丈夫、大丈夫だからと背中をさすってくれた。
もしもこの時、お母さんがいなかったら私の心はきっととっくに壊れてしまっていたと思う。