【完結】きぃ子ちゃんのインスタントカメラ

「はんこんじゅつ?」

 何も知らない私がぽかんとしてると、安西さんは続けた。

「死んだ人を呼び戻すための、儀式」
「死んだって……まだ決まった訳じゃ」
「生き延びられるなら、それでいいんだ。生きてる魂には効かないから。でも万が一死んじゃったら……」
「そんなの嫌だよ!」

 静かな病院の廊下。
 私の叫び声がひびく。
 安西さんもこくりとうなずいた。

「大丈夫、あさぎ。私もだからね。だから、持ってきてほしいんだ」
「わかった! それがあれば死んじゃっても平気なのね?」
「……あさぎ。この世の中に万能の術はないんだよ。期限があるんだ。呼び戻していられるのには」

 期限……私は何かとても嫌な感じがして、口の中が苦くなった。
 どれくらい、と私が聞くと。

「二年と言われている。それから」
「それから?」

 彼女はしばらく黙った後、口を開いた。

「どちらも、は助けられない。この反魂の術で呼び戻すためにはどちらかを贄にしないといけない。つまり……■■君か、たいようか。呼び戻せるのは片方だけなんだ」

 それから私は病院はお母さんに任せて、タクシーで家に帰った。
 お父さんが待ちわびていたかのように出迎える。

「おかえり、あさぎ。お母さんに電話したんだが出なくてな。どうだった?」
「ごめん、ちょっと後で」
「おい、あさぎ、お父さんだって……おい!」

 お父さんには悪いけど、説明している時間が勿体(もったい)なかった。
 無視して家の物置を(あさ)った。でも。

『あさぎちゃん、それに■■。本当にごめんなさい』

 安西さんのお母さんのことばがよみがえった。
 お父さんも自分の■■が大変なんだと思い直した。

 だから、ポケットに仕舞っていた安西さんの書いたメモ書きを見せた。
 書いたのがあの鳥辺野(とりべの)神社の娘だと知ると、信じてくれたのか一緒に探してくれた。

 どれも見つけるのはとても難しかった。
 でも、私は(あきら)めなかった。
 ううん、諦めるなんて選択肢は私には無かったんだよ。

 だって、私の世界一大切な子の命なんだもの。

 宝探しのうち、草花は朝になってからにするとして、それ以外の物を探した。
 難航したのは、やはり歯だった。

「いちばん初めにぬけたのは、ほら、これだよ」

 お父さんはそう言って、小さな桐の箱から出してきた。
 ちっちゃな前歯。

 そうだ、■■君がカレーを食べた時に抜けたんだ。
 たしか、いつつになったばかりだった。
「しかし、他のは、どこにやったかなあ。すみれがどこかにやったかな」

 そう言って、スマホを取り出してお母さんに電話をかけ始めた。
 私も、安西さんに電話をかける。
 夜の十時半だったけど、なりふり構っていられない。

「すまん、あさぎ。母さんでもわからんそうだ」
「待って。……安西さん? 私」
『歯のありか、かい?』

 さすが安西さん。何も言わなくても通じてくれる。

『まって、何か金属の味がする……これは、缶だね、缶の中に入っている。……ぺっ、ほこりだ、もう何年も開けていない。カビの味もした。何か、物置か何かの缶の中にあるのでは』

「お父さん、物置! ほら、裏の(くら)じゃないかな」
「今からか? 雨も降ってきたし、あそこには電気がない。明日にしよう」
「だめだよ!」

 私は叫んだ。

「■■君の命がかかってるのっ! 今すぐ探さなきゃ」
「あさぎ、落ち着きなさい」
「落ち着いてなんかいられない!」

 何回か押し問答をして、やっとお父さんは折れてくれたんだよ。

「……懐中電灯を持ってくる。あさぎは、ほら、一杯でいいからご飯を食べなさい。何も食べてないだろう?」

 そう言って、私のお茶碗に白いご飯をよそった。

 ……。

 日付が変わって朝日が昇るころ。裏山でイチゴの葉っぱを見つけた。
 私は、これでようやく反魂術に必要な全ての物を見つけ出した。

『おめでとう、あさぎ。宝探し、あさぎの勝ちだね』

 ふと、安西さんの声が聞こえた気がした。



 私たちの大切な■■。
 そのどちらとも、脳機能(のうきのう)の回復が見込めないようだ、と病院のお母さんから連絡があったのは、それから二時間後のことだった。

 お母さんは泣いていたそうだ。電話を受けた、お父さんも。

 私も。
 KA:あつまったかい。

 既読:あつまったよ。全部集めた。

 KA:よくがんばったね、あさぎ。

 既読:それで、いつにする? 今日?

 KA:今日は太陽と月の位置がよくない。本当は十四日待ちたいところだけど。

 既読:そんなに待てないよ。

 KA:そうだね。そうだよね。ふむ、じゃあ今月の二十日。五月二十日の金曜日にしよう。

 KA:放課後、帰らないでクラスで待ってて。

 既読:わかった。二十日ね。待ってる。



 第一日目。命を選ぶ日。令和四年五月二十日。金曜日。

「気を付け。さようなら」
「さよーなら!」

 ひとつしかない五年生のクラスの、取るに足らない本日の授業が終わった。

 いつも通りだ。
 何も変わらない、金曜日の午後三時半。

 けれど私──■■君を亡くしかけているあさぎという名の五年生の女の子には、特別な日になる。

 なぜなら。

 ──ふたりの命の、どちらかを選ぶ、その一日目となるのだから。

 今日の授業も、まったく頭に入らなかった。

「あさぎー、神社で遊ぼう」

 私の席は真ん中の列後ろから二番目。
 左に目をやって、窓際を見る。

 前から二番目、ポニーテールの後ろ姿が見える。
 誰にも話しかけられず、帰りの会が終わってもじぃっと、座っている。

 安西さんはヒトのお友達を作るのが苦手だ。
 いつも独りでいる。
 でも、そんなの私は気にしない。
 彼女の凛とした後ろ姿が、私は大好きなのだ。

「ねえ、あさぎったらー」
「あ……めぐ、ごめん、今日はパスー」

 私は慌ててめぐみに返事をする。
 ──いけない、どんなに我慢しても平静でいられない。

 今日この後実行する儀式で、ヒトの命が決まると思うと、胸の奥がきゅうってなる。

「なによう、もう」

 めぐみは仲良しの他のグループと帰っていった。

 ひとり、またひとりと今日の授業が終わったクラスから人が去ってゆく。
 先生も、黒板をごしごしと消すと、職員室に行くのか、教室を後にした。

 そしてとうとう、五年生のクラスは私と、安西さんだけになった。
 安西さんは、ぴくりとも動かない。
 時が止まったように静止している彼女を、私は見続けた。

 何を考えているのだろう。
 何を見ているのだろう。
 昔から、その考えを読むことが出来ない子だった。

 いつも不思議なモノに囲まれ、不思議なモノと話をしていた。
 私も、その不思議なモノの一部を、見ることが出来た。
 ■■君も交えて、何度も不思議なモノたちと遊んだこともある。

 私たちは、そういった意味でもとても近い。
 けれどそんな私でも、安西さんは何を考えているのか計り知れない女の子だった。

 私はそっと、彼女を待つことにした。
 ふたりのヒトの、どちらかを選ぶ儀式だもの。
 心を決めるのにだって時間がかかるに違いない。

 そうして、十五分が経った。
 琥珀色の髪が綺麗な、その女の子は席を立った。
 それから、私の席まで歩いてきて、私の目の前でこう言った。

「お待たせ。……始めようか、命を選ぶ禁じられた遊びを」



「全部持ってきた?」
「うん」

 私は、前のめぐみの席を、自分の席にくっつけた。
 そこに、メモにあった宝探しの目的のモノを、右肩にかけた大きなトートバッグから、ひとつづつ出して並べた。

 イチゴとハコベラの葉っぱ。
 フジの(つる)
 沈香(じんこう)
 小さなころに着てた子供服。
 そして、子供のころに抜けた歯。

「よく集めたね。あさぎは本当によく頑張ったよ」

 そういって、目の前のトパーズの瞳をした女の子は、私の髪をなでた。
 次に、安西さんも同じものを出した。材料が多くて机が埋まりそうだったので、後ふたつ、机を追加でくっつけた。

「ちょっと待っててね」

 そういうと安西さんは術の準備を始めた。

 まず、ふたりの服を机の上に広げて重ねた。
 次いで、イチゴとハコベラの葉でふたりの歯を丁寧に包んで、それをフジの蔓で結び合わせた。
 そしてその上に沈香を乗せた。

「本当はもっと色々あるんだけどね。ヒ素とか要るんだ。でもわたしたちじゃ手に入らない物の工程は省いたよ」

 そういうと、席を立って、後ろのロッカーから習字のバッグと和紙を持ってきた。
 広げた子供服の上に和紙を広げて、隣で(すずり)に墨汁を入れた。
 そして最後に、和紙の上に文鎮(ぶんちん)を置いた。

「準備できたよ」

 安西さんが硯から顔を上げて、私を見る。

「本当にいいんだね? たったの二年だけだよ?」

 五年生の教室に、静かに響く安西さんの声。
 こんな時でも高く澄んでいて、まるでバイオリンのよう。

「……うん、いい。あと二年だけでも、声が聞けるなら」
「そう。じゃ、始めよっか」
「うん」
 安西さんはライターで沈香に火をつけた。
 するすると白い煙が立ち上る。

 次いで安西さんがポケットから出したカッターの刃をゆっくりと押し出す。

「っ!」

 そして右手の小指の先を切って、一滴、硯にたまった墨汁に垂らした。

「はい、あさぎも」

 そう言ってカッターを私に渡して来た。

「賭けたいものの大きさで指を選んで」

 そう。それならば私は。
 ちくり。

「ふうん、その指にするんだ」

 左手の薬指から滴り落ちた私の血は、墨汁に溶け込み消えた。
 安西さんはそれを筆でゆっくりかき混ぜる。

 そして和紙にひとつづつ、丁寧(ていねい)に点を打っていった。
 ひとつ、ふたつ。私はそれを頭の中で数えた。
 点は全部で四十二個。

「十四の倍数だよ。これで十四日待つ代わりとする」
「何をするの?」
「陣取りゲームだよ。この前のレクリエーションの時間でもやっただろ? じゃんけんで線を結んで、より多く陣地を作った人の勝ち」

 ああ。思い出した。
 あの日は同じように安西さんとやった。
 鉛筆と画用紙だったけど。

 結果は私の惨敗(ざんぱい)
 安西さんはじゃんけんがとても強い。
 まるで「相手が何を出すか知っているかのよう」だった。

「さあ、始めようか。……出さなきゃ負けよー」
「じゃんけん……」

 ぽん! 私がチョキで、安西さんがグー。

「はい、わたしからね」

 安西さんはそう言うと、紙の中央に、点と点を結んで一本線を引いた。

「あさぎの番だよ」

 私の大好きな安西さんがにっこりと笑う。
 これが、私たちの大切な二人の人間の「命」がかかった禁断の反魂術だなんて、これっぽっちも感じさせないように。

 みんなに聞きたいんだけど。
 学校で、幼稚園で、保育園で。
 いつも独りだったクラスメイトは居なかったかな。
 いたと思うんだ。
 どんな社会集団の中にあっても、そこに交わらない人は、必ず一定の人数いるものだから。
 そんな子たちをみて、みんなはどうしたかな。
 仲間はずれにした?
 仲間に入れてあげた?

 私はね。
 お友達になりたいなって、そう思ったよ。



 その子はいつも(ひと)りだった。
 れんげ組でも、お友達はひとりもいない。

 お遊戯(ゆうぎ)のときも、体操のときも。
 いつも端っこにいて、みんなと一緒には行動しない。

 それが、当たり前になっていた。

 れんげ組の先生も、お友達も、みんな彼女を居ないみたいに扱った。
 私にとっても、それが当たり前だった。

 ある日。みんなで園庭(えんてい)で遊んでいた時のこと。
 先生が集合をかけたけれど、ひとり人数が足りない。

 それでもなぜか、先生も気づいていない様子だった。
 だから私は、「その子」を探すことにした。

 彼女は、園庭のサクラの木の下に居た。
 誰かとしゃべってる。
 私はびっくりした。
 その子の声があんまりにも綺麗で澄んでいたから。

 そして、近づいてみて、もっとびっくりした。
 どうしてかって?

 その子が話していたのは桜の木だったから。

「なにしてるの」
「さくらさんとしょうぶしてた」
「なにの、しょうぶ?」

 彼女はくるりとこっちを向いて、答えた。

「ないしょ……ねえ、きみ。どうしてわたしにはなしかけられたの」
「え?」
「ずっと、けっかい、はってたんだけどな」
「けっかい?」

 私はよくわからない。でも、彼女はひとりで納得した。

「ああ、きみ、へいはんじのこか。どうりで」
「ねえ」

 私はどうしても気になったことを聞いてみた。

「なまえ、なんていうの」
「■■だよ」
「? え?」
「ふふ、おぼえられないでしょ。なまえをとられないように、まじないがかけてあるの」

 私は色々と頭の中で、情報が渋滞を起こしていた。
 でも、私は、彼女とお友達になりたかった。

「じゃあ、なんてよべばいい?」
「……あんざい、でいいよ」

 それが安西さんとの「初めての」出会いだった。

 午後四時二十七分。
 四十二個の点を全て結び終わるまでに三十分以上かかった。それでも。

「終わったね。じゃあ、数を数えよう」

 ひとつ、ふたつ。
 時間がゆっくりになる。
 世界の。安西さんの。私の。

 みっつ、よっつ。

「ねえ、残りの二年間で、あさぎだったら、何をしてあげるんだい?」

 いつつ、むっつ。

「たくさんのお友達を作ってあげたい」

 ななつ。やっつ。

「友達って……二年で終わってしまうのに?」

 ここのつ。とお。

「ううん、いいの。寂しいのは、いやでしょう?」

 じゅういち。じゅうに。

「……そうだね。うん、寂しいのは、いやだ」

 静かに、静かに安西さんは同意してくれた。

「はい。数え終わったよ」

 びっくりした。
 彼女がそう宣言するのと、スマホがけたたましく着信音を鳴らすのは同時だったから。
 ……この着信音、私のスマホじゃ、ない。

「もしもし」

 安西さんが私に背を向けて応答する。
 うん。うん。
 どんどん声のトーンが落ちていく。

「そう、たいようが。わかった、すぐいく」