私、アレクシス・ルチアはカルテア国の王子で国王ハリーと王妃キャロラインの一人息子だ。
一人息子である私には次期国王として、どうしも乗り越えなくてはならない問題を抱えていた。
それは……私が女性不信であることだ。
この悩みは世継ぎが必要とされる一国の王子として由々しき事態である。
私が何故女性不信に陥ったかというと……あれは私が十三の歳となった誕生日での出来事だった。

⭐︎

 私にはリタ・サイラスという遠縁でもある仲の良い幼馴染がいた。
リタはアーロン・サイラス公爵の一人娘で私の二つ年上であった。
リタは父であるサイラス公爵と城にもよく顔を出していたので兄弟のいない私達は、すぐに打ち解け、共に勉強し、共に遊び、なんでも話せる仲になっていった。
私はリタを姉のように慕い、またリタも私のことを弟のように接してくれていた。
そんな日々を共に過ごしながら月日は流れ、私は十三の歳となった。
その日は私の誕生日パーティーが城で開催され多くの来賓客が訪れていた。
無論その中にはリタの姿もあった。
「おめでとうございます。アレクシス王子」
「ありがとう。来てくれて嬉しいよ」
「当たり前じゃない。私の大切な王子様の誕生日だもの!!」
リタは少し笑みを浮かべながらも何故か今まで見たことのないような鋭い目で私の背後にいる令嬢達を睨みつけるようにして言った。
その威圧感に令嬢達が一様にギョッとし、たじろいでいた。

自分の誕生日パーティーといっても楽しいものではない。
次から次へと多くの令嬢達が私のもとへと挨拶に来る。
自分こそが私の妃に相応しいのだと。
令嬢達は勿論のこと同伴している両親達もここぞとばかりにせっせっとアピールするのに必死であった。
――これだから嫌なんだ……。
だがそういった目で見られるのも致し方ない。
私は次期国王となる身……必ずいつかは妃を迎えなくてはならない。
今までも沢山の縁談がきていた。
それでもどうにも気乗りせずに断っていたのだ。
そういえば……つい最近の縁談候補の中には公爵令嬢であるリタの名もあったな。
私達はお互いに姉弟のような存在であって決して結婚するような仲ではないのだが。
それは周知のはず……。
どうして今更リタの名があがったのだろうか?
さぞかしリタも迷惑なことだろう。
そんなことを考えながら来賓客と談笑をし過ごしていると、突然ドスッという音と共に
「キャーー!!」
という声が聞こえ皆が声のした方へと視線を向ける。
そこには倒れたリタの姿があった。
私は慌ててリタのもとへと駆け寄り、
「リタッ!! リタッ!!」
と何度も声を掛けた。
その声に反応したリタは
「…… 大丈夫です」
と辛そうな声で答え倒れた体を私へと少し寄りかかりながら起き上がろうとした。
「無理して起き上がらないほうがいい。横になっていないと…… すぐに医者を呼ぶから!!」
私は必死でリタの手を握った。
その後リタは城の客室の寝台へと寝かせられた。
駆けつけた医師にも診てもらったが熱もなく他に変わったところもなかったので疲れからくる貧血症状だろうとのことだった。
ーーよかった……。
私は本当に心から安堵した。
その日はリタのご両親でもあるサイラス公爵夫妻もリタと共に私を祝いに城へ来ていたのだが、私自身も父上も母上もリタの身を案じ今夜はこのまま客室でリタを寝かせ体調が良くなってからサイラス公爵家へと送らせることとなった。

⭐︎

「長く気疲れのする一日だったな…… フーー」
深く溜め息をつきながら寝室の寝台へと横たわる。
窓から月明かりが差し込み心地良い睡魔に襲われながら眠りにつこうとしたその時であった。
ギーーッと寝室の扉が開く音がした。
何者かが私の寝室へと入って来たようだ。
なんだっ、ノックもせず……こんな時間に……?
「誰だっ!!」
すでに月明かりしか入らない寝室の暗い中をよーーく目を凝らす。
そこにはリタの姿があった。
「……ど、どうしてリタがここに?」
私は今の自分がおかれている状況を全く理解出来ずにいた。
するとリタは侍女に用意され着せられたであろう夜着を有ろう事か突然スルッと脱ぎ始めたのだっ!!
私があまりのことに呆然としていると、
「アレクシスにとって私は特別な存在でしょっ? 昔からあなたの妃になるのは私と決まっているのよ。他の娘となんて絶対に許さないから!! だから今私を抱いてよっ!!」
「…… なっ何を言ってるんだっ!!」
慌ててリタの裸身を見るまいと顔を背けた。
一体何をしているんだ……リタは……。
あまりにも突然のことに頭が真っ白だった。
私達は今まで姉弟のように血の繋がりがなくとも確かな信頼関係を築いていたはず。
それが……どうして……こんなことに……。
回らない頭で色々と考えようやく理解ができた。
ーー今夜の体調不良は嘘だったのだと。
ーー今夜私との既成事実を作るための。
なんともやり場のない気持ちでギュッと唇を噛み締めた。
「私達はお互いをずっと特別な存在だと思っていたはず。ねぇ、そうでしょうアレクシス? なのにいつまでも行動してくれないから。だからお父様に頼みこんで縁談候補に入れてもらったの。それなのに…… 他の令嬢達と同じように私との縁談も断ったでしょっ!! 許せない。どうしてよっ!!」
語気を強めながらそう言うとリタは寝台の横で顔を背け立ち竦む私の方へとズカズカとやって来た。
リタは逸らされた目を自分に向けようと私の顔に手を添え正面に向けた。
私はリタの手を掴み、ゆっくりと下へと振り落とし、寝台の上に掛けられていたシーツを取りリタの裸身が隠れるようにそっと両肩へと掛けた。
「…… リタ、ごめん。君を特別には思っていたんだ。でもリタの思っている特別ではないんだ。姉のようにしか君を見ていなかった……」
私がそう告げるとリタは声を荒げた。
「あんなに私達はずっと一緒にいたのに!! アレクシスは私を好きになってはくれないのっ? 私はあなたのことがずっと好きだったのよ。いつかアレクシスと結婚するのは他の誰でもない、この私だって…… ずっとそう思って傍にいたのに!! アレクシスは私の王子様だったのよっ!!」
――そう言って涙を流すリタに心が痛んだ。
私にその気がなくともリタを特別な存在なんだと……その気にさせ傷つけてしまった。
「リタの気持ちには応えられない。勘違いをさせてしまっていたのなら…… すまなかった」
――どうしてこんなことに……。
己れへの反省の気持ちもあるが……それでもやはり……こんなやり方は卑怯ではないか。
もっと違うかたちで伝えることもできただろう。
色んな感情が入り乱れていた。
「もういいっ!! アレクシスが私を好きじゃなくてもいいから!!」
そう言って無理矢理にでも私と唇を重ねようと強引に体を引き寄せようとするリタに最早話し合うことすらできる様子はなく、その場の異様な雰囲気に耐えかねた私はリタの腕を振り払い足早に部屋を出た。
 
⭐︎

 こんな別れかたをしたのだからリタと会うことはもうないだろう……そう思っていたが。
彼女が私を必ず自分のものにするという執念は凄まじいものだった。
その後も私が出席する社交の場には必ず姿を現し、何食わぬ顔で私の横を陣取っては私に寄って来る令嬢達への形勢をも怠らなかった。
――女性という生き物はこんなにも愚かしい者なのか。
だが私も露骨にリタを避けることはしなかった。
本心では会いたくないが変に周りに色々と勘ぐられてしまうのも面倒だからだ。
あの日の夜の出来事を私は誰にも話していない。
夜這い未遂事件が父上と母上に知られればリタの父であるサイラス公爵は爵位を剥奪される可能性だってある。
――これは私とリタの問題だ。
父上とサイラス公爵が築いてきた信頼関係までも壊したくはない。
私とリタが長年築き上げた信頼関係が一瞬にして壊れてしまったように。
ーーそれからというもの……もとより女性に抱いていた嫌悪感を夜這い未遂事件で更に悪化させてしまった。
その結果、私は女性不信に陥ってしまったのだ。
常に自分の周りには魑魅魍魎が渦巻いているかのように見えた。
もう女性の顔を見るのも嫌になっていった。
だが一国の王子という立場で女性不信を悟られてはなるまい。
女性の前で平常心でいられるにはどうすればいいのか……?
そういえば昔……母上が教えてくれたことがあった。
苦手な相手と会わねばならない億劫な時はその相手の顔をカボチャだと思うようにすれば良いと……。
カボチャが相手だと思えば臆する事はないでしょうと。
――そうか……カボチャか……。
女性をカボチャだと思えばいいのかっ!!
私はその日から強く強く念じ続けた。
カボチャ!!カボチャ!!カボチャッ!!
女性と会う度、話す度、カボチャ!!カボチャッ!!
そう自分に言い聞かせていた。
すると本当に突然ある日から何故か母上以外の女性の顔がカボチャに見えるようになったのだ。
私の強い念が功を奏したのか?
それとも神の悪戯か?
なんなのか知らないが何はともあれこれでいい!!
これで女性不信を誰にも悟られることはないだろう。

⭐︎

 あれから三年の月日が流れ、現在私は十六の歳となった。
ある日、父上から呼びだされた私は隣国ウェンスティール国のエレノア姫と私が縁談することを知らされたのだ。
次期国王でもある一人息子がことごとく縁談を断り続け、未だに婚約者のいない状況に痺れを切らしたらしい。
隣国ウェンスティール国のリチャード国王と父上は昔から良好な関係ではあったが。
まさか隣国の姫と縁談することになるとは……。
だが相手が隣国の姫であれば私の地位や権力なども関係ないだろう。
その点は安心だ。
何はともあれ王命に逆らうこともできまい。
取り敢えずなんとか初対面を滞りなく乗り切るしかない。
何も案ずることもないであろう……。
私には女性の顔がカボチャにしか見えぬのだから。