❆未来へ ーSide 俺ー❆




















月日は流れ、今日は香奈子との交際記念日。




「ねぇ、ちょっと話あるんだけどいい?」




仕事から帰り、スーツを脱いでいると香奈子が声をかけてきた。




「ちょっと待って。着替え終えたらリビング行くから」




いつになく真剣な声色に戸惑いを隠しつつ返事する。




リビングに行くと緊張した面持ちでソファーに浅く座る香奈子の姿があった。




「着替え終わったけど話って何?」




香奈子の隣に腰掛ける。




「ちょっと見てほしいものがあって。これなんだけど」




ティッシュに包まれた細長くて白い棒状の物を差し出してくる。




それを受け取り、ティッシュを捲る。




「……妊娠検査薬?」




それははっきりと青い線の出ている妊娠検査薬だった。




「妊娠した」




「え! やったー! 俺らの子かー」




「うん。だけど……」




香奈子はそこまで言うと俯いて唇を噛み締めた。




「だけど?」




聞き返してもその続きを話してくれそうにない。




僅かに震える手を隠すように洋服の裾を強く握りしめている。




「何かあるの?」




もう一度聞き返すと、今度は一枚の紙を渡してきた。




「心臓に……疾患?」




香奈子の差し出してきたものは診断書だった。




そこに書かれているのは確かに香奈子の名前で、何度目を擦っても変わらない。




「五年生存率が10%らしいの。命の危険があるって言われてるけど私はこの子が産みたい。この子の顔が見たい」




「え、ちょっと待って。いつ病気って分かったの?」




「私が事故に遭った日、覚えてる? あのときにはもう分かってた」




「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ」



「病気って知ってなんで生まれてきたんだろうってすごく絶望したし、後悔したの。そんなときに女の人と腕組んで歩いてるところ見て『あー、これって私にいなくなれってことなのかな』って思って。だから言わなかった」




全く気づかなかった。




香奈子が病気だってことも、俺が何も考えずに行動したことが知らず知らずのうちに弱った香奈子に追い討ちをかけていたことも。




だからあのとき、私の骨で心臓貫いて死んでなんて言えたんだ。




病気持ちの香奈子の方が俺よりも死ぬ可能性が高いから。




自分が先に死ぬかもしれないことが香奈子の中では分かっていたんだ。




不安も痛みも俺に分けてほしい。




香奈子が楽になるなら俺は俺は辛くなっても構わない。



あのとき偉そうにそう思った自分を殴りたい。




俺は分かった気になっていただけで、香奈子の本心に寄り添えていなかった。




「この子を産んだら私は死ぬかもしれない。でもどうせ死ぬなら自分の子どもを世に残したい。私が死んでも育ててくれる?」




「急にそんなこと言うなよ。俺は香奈子に死んでほしくない。一日でも長く生きていてほしい。だから子ども産むのはやめよう?」




「最期のお願いだから。私の意志を尊重してほしい」




香奈子は自分がやりたいと思ったことは貫き通す。




そんな人だ。




こうなったら俺がどんなに止めても聞く耳を持たないだろう。




それなら香奈子の意志を尊重したい。




「分かった。けど自分から死のうとかは考えんな。言ったからにはせめてその子を産むまでは生きろよ」




「ありがとう」