あれから1ヶ月が経った。
香奈子はあの日からずっと眠ったままだ。
仕事を出来るだけ早く切り上げて毎日香奈子の病室へと足を運んでいるが、一度も話せていない。
「香奈子……いい加減目覚ませよ。いつまで寝てんだよ…」
香奈子の手をそっと握りしめる。
香奈子と付き合ってから幾度となく繋いできたけど、こんなに力がなくて切ないのは初めてだ。
香奈子がいなくなってから、俺は改めて香奈子の存在の大きさを痛感した。
家に帰っても出迎えてくれる人がいない。
部屋がいつもより狭く感じて、今まで香奈子の明るさで居心地の良い空間になっていたんだと分かった。
どんなに返事してくれなくても冷たくされても香奈子が傍にいてくれればいい。
不安も痛みも俺に分けてほしい。
香奈子が楽になるなら俺は辛くなっても構わない。
プレゼントを渡したときに手を振り払われたことを思い出す。
もう何があってもこの手は離さない。
だから、だから……
目を覚ましてくれよ。
寝ている香奈子に覆い被さるように抱きしめる。
心臓に耳を当てると微かに動く音が聞こえる。
それだけだけど、でも確かに香奈子が生きている証だ。
そう。
香奈子はまだ生きているんだよ。
一瞬だけでもいいから目を覚ましてほしい。
祈るように強く香奈子の手を握る。
すると微かに、意識しなければ気づかないくらいの力でその手が握り返された。
「香奈子っ!」
姿勢を起こして香奈子を見つめる。
虚ろな瞳が僅かに開く。
「香奈子! よかった。目覚ました。今医者呼んでく……」
「………て」
俺の言葉を遮るように香奈子が小さな声を発する。
「え? なんて言った?」
口元に耳を近づけ、なんて言ったのか聞こうとする。
「……あっち行って」
あっち行って?
やっと目覚ましたと思ったらそれ?
「なんだよそれ! ずっと起きるの待ってた人に言う第一声がそれか?」
「じゃあ待たなければいいのに」
「そんなこと出来るわけねぇーだろ。俺は香奈子が好きなんだから」
「嘘つかないでいいよ」
「嘘じゃないって。なんで嘘なんて言うんだよ。最近冷たいことと関係あるのか?」
「………」
切なそうに瞳を伏せて唇を噛む様子から言いたくない何かがあることだけはよく分かる。
「なにか言えよ!」
肩を掴んで激しく揺すると、香奈子は諦めたようにため息をついた。
「浮気……してるでしょ?」
「は? なんのこと?」
全く心当たりがない。
「半年くらい前に女の人と腕組んで歩いてるところを見たの」
半年前?
必死に記憶を辿る。
「二人ともすごい楽しそうで私の入る隙なんてなかった」
記憶の片隅に可能性が浮かぶ。
「一緒にいた女の人ってどんな感じの人だった?」
「黒のロングスカート履いてて、髪の毛が腰くらいの長さだった」
「多分それ俺の従姉妹だよ」
「従姉妹とあんな楽しそうに腕組んで歩くわけないでしょ。言い訳しなくていいから」
「まじで従姉妹だって。俺が付き合ってからずっと香奈子に一途なのは知っているでしょ?」
俺は香奈子と付き合う前は彼女が両手で数え切れない程いる最低な浮気男だった。
でも香奈子と出逢って純粋な愛を知って、香奈子だけを愛していきたいと強く思った。
だから付き合っているたくさんの女の子の連絡先を消して、連絡が来ないように番号も変えた。
それからずっと、どんなに誘われても俺の気持ちが揺らぐことはなかった。
ずっと香奈子だけを見てきた。
「もともと浮気癖あるもん。信じられない」
香奈子が睨みながら言う。
過去の行いが今を縛る。
考えなしに手当たり次第に女の子に手を出していた過去の俺を引っ叩きたい。
「ほんとに違うんだって。どうやったら信じてくれる?」
視線を窓の外に向けて黙り込む香奈子。
永遠と思われる沈黙を香奈子の強い言葉が壊した。