「……ははっ、相変わらず生意気な女」
穏やかな表情を崩し、一人の男としてこぼしたその言葉は、誰にも聞かれることなく朝の清々しい空気に溶けて消えていった。
❁
私が通っている高校は、ご令嬢ご令息が通う学園、ではなくて、ごく普通の県立高校。
高校から少し離れた人気の少ないところで下ろしてもらい、そこから徒歩で高校に向かう。
校門に足を踏み入れ、昇降口に向かって歩いていると、突然肩を軽く叩かれた。
「桃菜おはよ。今日も相も変わらず美人ですな~」
今年の入学式の時、一人ぼっちでいる私に声をかけてくれた親友の茉奈がからかうように私の頬を押してきた。
「もー、それ絶対面白がってるやつじゃん。私をからかうのやめてよね」
まんざらでもない感じでそう言う私は、茉奈のことが本当に好きらしい。
少し気恥ずかしくて、他人事のようにそう思う。
「別にからかってないし。てか、おはようは? 桃菜チャン」
「んぐ、……おはよう」
「ん、それでいい。挨拶を返すのは大事だぞ~覚えとけ?」
挨拶を返すタイミングがなかったのは、茉奈のせいなのに。
そう恨めしく思ったけれど、わざわざ口には出さなかった。