「で、結局オウマ君とは付き合ってるの? いないの?」
「えっと、それは……」
 聖夜祭から二日後。一日の休みを挟みやって来た学校で、私はパティに問い詰められていた。
「パーティーの最中、シアンの姿が見えないなって思ったら、最後にオウマ君と一緒にやって来たでしょ。それまで、二人で何してたの?」
「うぅっ……」
 私とオウマ君は人知れず踊った、聖夜祭の夜。その後揃ってパーティー会場に戻ったのは、もうすぐ終わりの挨拶が始まるっていうタイミングだった。
 挨拶の後、生徒も保護者もそのまま解散となったけど、最後にやって来た私達は、良くも悪くもかなり目立っていたらしい。
「そこんとこ、どうなっているのかな?」
 目を輝かせながら聞いてくるパティ。これは、ごまかしてもムダだろう。
「ま、まず誤解のないように言っておくけど、本当に、付き合ってたとかじゃなかったの。その……あの日までは」
「ってことは、つまり──」
「色々あって……今は、付き合ってます」
「おぉーっ、やっぱり。おめでとう!」
 興奮するパティだけど、それを見て、ちょっぴり心中複雑になる。
「ごめんね。付き合ってるとかいないとか、言ってることがコロコロ変わって。また、前みたいな騒ぎになったらどうしよう」
 私とオウマ君が付き合ってるって噂が流れた時は、周りからやたらと注目された。付き合い始めた勢いで、二人してパーティー会場に入っていったのは、ちょっぴり軽率だったかも。
 だけどパティはそれを聞いて、私を安心させるように言った。
「うーん。多分だけど、前ほどの騒ぎにはしないんじゃないかな。ほら、一度シアンとの仲が噂になったからか、最近オウマ君の人気も少しは落ち着いてきたみたいだから」
 自信ありげなパティの言葉に、少しホッとする。
 彼女は知るよしもないだろうけど、それは多分、私との噂以上に、オウマ君が自らの持つ魅了の力を制御できるようになったのが原因だと思う。
 だったらと、パティにもう一つ聞いてみる。
「ねえ、パティも、オウマ君のこといいなって思ってたんだよね。今はどうなの?」
「なに? もしかして気を使ってるの? だったら、そんなの心配いらないって。前にも言ったけど、元々私にとってオウマ君は観賞用だったし、友達の彼氏に何かするほどヤボじゃないって」
 笑って話すパティは、とても魅了の力にかかっているとは思えなかった。やっぱりオウマ君は、完全に力を制御することができたんだろう。改めて、悲願達成おめでとうと言いたい。
 そんな、魅了の力抜きのオウマ君だけど、それでも私は、彼のことを思うとドキドキしてくる。これはやっぱり、本当の意味でオウマ君のことを好きになっているんだろう。
 そう思うと、なんだか少し照れくさい。
「シアン、顔がニヤけてるよ。さては、オウマ君のこと考えてるでしょ」
「うそ!?」
 全然気づかなかったわたしは、とたんに恥ずかしくなって頬を押さえるのだった。


 その日の昼休み。いつものようにお弁当の包みを持って中庭へと向かうと、そこには既に先客がいた。オウマ君だ。
「お昼、一緒にとって構わないか?」
「いいよ。って言うかこのやり取り、今までにも何度もやったよね」
「そういえばそうだな」
 私達が付き合ってるって噂や、その後のギクシャクもあって、最近オウマ君はすっかりここに来なくなっていた。
 それが今、再び並んでお弁当を広げている。それだけのことが、なんだか嬉しい。
「そうだ。オウマ君と付き合ってるってこと、パティにだけは話したから。驚いてたけど、おめでとうって言ってくれたよ」
 教室での一件を話すと、オウマ君はホッとしたように笑顔を見せ、それからしみじみと言う。
「こんな風に誰かを好きになって、普通に付き合うことができて、しかも祝福されるなんて、思ってもみなかった。そんなの、俺には一生無理だと思ってた」
 そんな大げさな、とは言えなかった。
 これまでずっと魅了の力がついてまわったオウマ君にとって、当たり前に恋をするだけでも、奇跡のようなものなのかもしれない。
「魅了の力、制御できるようになってよかったね」
「ああ。シアンのおかげだよ。思えば、シアンと初めて話をしたのも、この場所だったよな。あの時シアンが、俺よりも落としたおにぎりに夢中になっていなかったら、悪魔祓いの家系だって知ることも、なんとかしてくれって依頼することもなかった」
「結局、あんまり悪魔祓いっぽいことなんてしなかった気がするけどね」
 私がやったことと言えば、主に生気を分け与えるっていう、祓うどころかむしろ元気にする手助けだ。しかも、最終的にその悪魔を好きになっちゃうんだから、ご先祖様が聞いたらなんて言うだろう。
 ま、いいか。悪魔祓いの家系って言っても、そんなのとっくに廃業していたんだから。
 そんなことを考えていると、オウマ君は、再び笑ってこう続けた。
「魅了の力にはさんざん苦労させられたし、二度と使う気もない。だけど一つだけ、感謝してることがあるよ」
「感謝?」
 それは、オウマ君の口から初めて聞く言葉だった。
 彼にとって、嫌悪していると言っても過言じゃなかった魅了の力。感謝するなんて、想像もつかないんだけど。
「だって魅了の力がなかったら、こうしてシアン付き合うこともなかったかもしれないから」
「なっ──!」
 サラリと言い放たれたセリフは、私を赤面させるには十分すぎる威力を持っていた。
「魅了の力があったおかげで、ここでシアンと出会えて、長い時間一緒にいられるようになって、シアンのいいところ、たくさん知ることができた。それだけは、感謝してる」
「わ、わかったから。もうそれくらいで勘弁して」
 一言一言告げられる度に、全身がカッと熱くなる。恥ずかしくなってストップをかけたけど、オウマ君は不思議そうにキョトンとしていた。
 これは、自分の言葉にどれ程の威力があるのか、全然わかってないよ。
「オウマ君。魅了の力は押さえられるようになったかもしれないけどさ、かわりに天然タラシになってない?」
「えっ!? そんなことないって。こんなの、シアンにしか言わないから」
「ほら、そういうところ!」
 もしかすると、私はとんでもないものを目覚めさせてしまったのかも。
 そんなことを思いながら、その一方で、まんざらでもない自分がいる。
 魅了の力っていう最大の特徴を、自ら封印したインキュバス。当然、以前と比べると、そのモテ度も落ち着きを見せている。
 だけど私には、今の彼の方が、ずっとずっと素敵に見えた。

 終