ようやく自分の思いを口にすることができたけど、それを聞いたオウマ君は、しばらくの間何も答えてはくれなかった。ただ、焼けたように顔を赤く染めながら、それを見せまいと手で覆い隠していた。
「なんで? たくさん迷惑かけたし、むしろ嫌われてるんじゃないかって思ってたのに」
 やっと喋ったかと思ったら、少し前にも言った不安を、もう一度口にする。よっぽど心配していたんだろうな。
「だから、そんなことないって。そりゃ色々大変な目にはあったけど、その度に助けてくれたじゃない」
 学校でエイダさんに呼び出され、問い詰められた時。魔法の力で、石の礫が舞った時。そして、エイダさんにさらわれ捕まった時。いつだってオウマ君は駆けつけてくれて、そして守ってくれた。
「むしろ、助けてくれて嬉しかったし、カッコいいと思ったし……多分、好きになった理由って、それだと思う」
 その時は気づかなかったけど、オウマ君に助けられた時、胸の奥が熱くなった。私のために必死になってくれて嬉しいと思った。今にして思えば、その時感じたドキドキが、恋に繋がっていったんだろう。
 認めるのも、それを本人に伝えるのも、すっごく恥ずかしい。だけど改めて振り返ることで、オウマ君を好きだって気持ちを、よりハッキリ自覚できたような気がした。
 だけど、好きだって気持ちを伝えた上で、さらにもう一つ、言わなきゃいけないことがある。
「で、でも、だからって別に付き合いたいとかじゃないから。オウマ君は気にしなくていいし、なんなら忘れてくれたってかまわないから」
「……えっ?」
 それを聞いて、オウマ君の顔が一気に固まった。
「な……なんだよそれ? 忘れてかまわないって、どうしてそんなこと言うんだよ」
 信じられないといった感じで聞いてくる。好きって伝えた矢先にこんなこと言ったんじゃ、そりゃ驚くよね。本当は、できれば私だってこんなこと言いたくない。
 それでも、言わなきゃ。
「オウマ君、さっき部室でホレスと話してた時に言ってたよね。特別女の子と仲良くしたいとか、ましてや恋愛とか、今は全然考えられないって」
「なっ!?」
 盗み聞きしちゃってごめんね。
 けどオウマ君が恋愛する気がないなら、私から好きって言われても困るだけだよね。
 切ないけど、これを知った以上、自分の気持ちを無理に押し付けるわけにはいかない。
「魅了の力のせいで、女の子が近くにいるのに疲れちゃったんでしょ。せっかくそこから解放できたんだもん。そりゃ、しばらくは恋愛だってしたくなくなるよね。私だって、それくらいはわかるから。だから、私のことは気にしなくていいから」
 本当は、ちょっぴり心が痛む。好きって気持ちを自覚したとたんに失恋するんだから、やっぱり悲しい。
 だけどそのせいで、オウマ君に余計な気遣いや罪悪感を抱かせたくはなかった。
 だけど……
「…………わかってない」
「えっ?」
 オウマ君の、小さくボソリとした呟きが聞こえた。そう思った次の瞬間、彼の手が伸びてきて、グッと、私の体が彼の元へと抱き寄せられる。
「ちょっと、オウマ君!?」
 半ばパニックになり、ジタバタと暴れるけれど、オウマ君は決してその手を離すことなく、私のすぐそばに顔を寄せ、話しかけてくる。
「ごめん。けど、このままで聞いてくれないか。俺が、恋愛なんて考えられないって言った理由」
「えっ?」
「俺、好きな子がいるんだ」
「はぁっ!?」
 出てきたのは、実に意外な言葉だった。
 好きな子って、いつの間に? って言うか、それってむしろ、恋愛したいって思うところじゃないの?
 そもそも、今私は、オウマ君のことが好きって言ったんだよ。そんな相手の前で、わざわざ好きな子の話なんてするの?
 混乱するけど、そんな私を見て、オウマ君はまたゆっくりと話しだす。
「その子は、俺が落ち込んでいた時、何度も励まして、元気をくれたんだ」
 元気をくれた、か。そういうところに、オウマ君は惹かれたのかな。誰だか知らないけど、そんな話を聞くと、羨ましいと思ってしまう。
「たくさん迷惑をかけたのに、それでもそばにいてくれた」
 たくさんの迷惑。いったい何があったんだろう。
 ──って、あれ? 気のせいかな。なんだか、最近そんな話を聞いたような気がするんだけど。
「最初は、魅了の力が効かないってところに興味をもったんだ。だけどいつの間にか、それに関係なく、どんどん自分の中でその子の存在が大きくなっていった」
「ちょっと待って。それって──」
 ハッとして聞き返すと、オウマ君は相変わらず緊張した表情のまま、真っ直ぐに私を見ながら言う。
「だけど、ほんのついさっきまで、その子には嫌われてるんじゃないかって思ってた。仲良くするのも、ましてや恋愛なんて、絶対無理だと思ってた。だからさっきは、全然考えられないなんて言ったんだ」
 自惚れじゃなければ、もう間違いないだろう。そしてオウマ君は、ここにきてようやく、その好きな子の名前を告げた。
「全部、シアンのことだから」
「────っ!」
 オウマ君の言ってること、すぐには受け止められなかった。
 だってそうでしょ。彼のことが好きだと自覚して、同時に失恋したと思って、それから、実は向こうも私のことが好きでしたなんて、とても頭が追いつかないよ。
「そ……それ、本当に私のことなの? 信じるよ。後で間違いでしたって言われても、無理だからね」
「言わないから。って言うか、そんなに俺の言うことが信用できないのかよ。なら、何度だって言うぞ。俺は、シアンのことが──」
「うわぁぁぁぁっ! 信じる、信じるから!」
 これ以上好きだのなんだの聞いたら、とても意識を保っていられる自信がない。
 それくらい、嬉しかった。
「その……ありがとね」
 恥ずかしさを押さえながら、ようやくそれだけ絞り出すと、オウマ君もたどたどしい口調でそれに返す。
「俺の方こそ……その、好きって言ってくれて、ありがとう」
 お互い、言葉にできたのはそれまでで、あとは二人とも、さっきまであれこれ言い合っていたのが嘘のように静かになる。
 だけどそれは決して気まずいものではなく、むしろどこか心地いいとすら思えた。
 そんな状態が、どれくらい続いただろう。
 相変わらず、私たちは黙ったまま。だけど耳、遠くから賑やかな音楽が聞こえてきた。そういえば、今日は聖夜祭で、パーティーをやってる真っ最中だったなって、今更のように思い出す。
「ねえ。せっかくだからさ、踊らない?」
「えっ──」
 気がつけば、そんなことを言っていた。
 聖夜祭パーティーのメインイベントとも言えるのが、恋人同士でのダンスだ。
 私には無縁のものだと思っていたし、興味もなかった。だけど不思議なもので、こうしてオウマ君と気持ちを伝えあった今なら、やってみたいと思った。
「だめ?」
 もちろん、オウマ君がやりたくないなら、無理にとは言わない。だけどそれを聞いたオウマ君は、私に向かって手を差し出しながら、照れ臭そうに言った。
「いや……実は、俺も同じこと考えてた。シアンと一緒に、踊りたい」
 オウマ君もまた、私と同じ気持ちだったんだ。それだけのことが、なぜか無性に嬉しかった。
「よろしくね、オウマ君」
 差し出されたその手を掴むと、そこからオウマ君は、更にこう言った。
「それと、そのドレス、すっごく似合ってる。その……と、とっても、可愛いから」
「なっ──!?」
 突然そんなことを言われたものだから、ビックリして、思わずオウマ君の手を握る力が強くなる。だけどオウマ君の手は、私以上に固く力が入っていて、緊張しているのだとすぐにわかって、それがなんだかおかしかった。
「ありがとね」
 このドレスは、お父さんのたっての希望で新調したもの。とはいえ正直に言うと、元々オシャレにそんなに興味がなかった私には、特に強い拘りも愛着も持っていなかった。
 だけど、オウマ君が可愛いと言ってくれて、初めて強く、このドレスを着てよかったと思う。
 一通り照れて笑い合った後、ようやく私達は、ステップを踏み始める。音楽は遠くて、見ている人も誰もいない。だけど、そんなものはどうでもよかった。
 オウマ君と一緒に踊っている。それだけで、心が満たされていくように思えた。