抱えられたせいで、心臓の音が聞こえてきそうなくらい、距離が近くなる。
 それが、すごく恥ずかしい。
「もう大丈夫だから、下ろして」
「あっ────ご、ごめん!」
 謝りながら、ゆっくりと私を下ろすオウマ君。とはいえ、これでこのまま終わりってわけにはいかない。
 何しろ一度は逃げ出したとはいえ、元々私には、伝えなきゃいけない事があったんだ。魅了の力が完全には抑えられていないというその事実を、今度こそ伝えるんだ。
 だけど私が口を開くより先に、なぜかオウマ君が深々と頭を下げた。
「本当にごめん。今まで、たくさん迷惑をかけて!」
 そうして、下げた頭を一向に上げようとしない。さらに、小刻みに震えているのがわかった。
「いや、ちょっと待って。なんで突然謝るの。迷惑かけたって、いったい何の話!?」
 私には謝られる心当たりなんて何もないんだけど。
 するとオウマ君は、ようやく下げていた頭を上げ、心細げな目で私を見る。
「だって、力を抑えるための特訓に付き合わせて、何度も生気を吸いとって、他にも何度も危ない目にもあって……」
「今さらその話? っていうか、気にすることじゃないって何度も言ったよね?」
 どうして今になってそんな話を持ち出すのかわからない。だけどオウマ君は、悲しげな声で、叫ぶように言った。
「だってシアン、最近ずっと俺のこと避けてただろ。それって、俺がたくさん迷惑をかけたてたからじゃないのか?」
「はぁっ!?」
 それは違う。なんて言うか、全くの的外れだ。だけどそれを伝えようとした時、廊下の向こうから、ホレスが駆け寄ってきた。
「おーい、二人とも足速すぎ。俺は体力無いんだからさ、少しは考えてくれよ」
 相変わらず、空気の読めないこの男。だけど私達の側までやって来て、ようやく辺りに漂う緊張感に気づいたようだ。
 一度オウマ君をチラリと見てから、私に向かって言う。
「えっと、シアン。オウマ君も言ってたみたいだから、この際全部話すぞ。オウマ君、お前に避けられてるって、嫌われてるんじゃないかって、最近ずっと落ち込んでたんだよ」
「────ちょっと、先輩!?」
 ホレスの言葉に慌てるオウマ君。だけど、再び私と顔を合わせたとたん、口に蓋をしたみたいに黙り混む。
「──そ、そうなの?」
 言葉を失ったオウマ君に、恐る恐る聞いてみる。
 もちろん私は、オウマ君を嫌ってなんていない。だけど、彼を避けているのは紛れもない事実。そんな誤解をするのも、仕方ないのかもしれない。
 沈黙の後、オウマ君はとてもゆっくりと、その首を縦にふる。そして、消え入りそうなくらいの小さな声で、ぼそぼそと呟いた。
「……話しかけても、すぐに距離を置かれるし、もしかしたら今までだって、ずっと無理して付き合ってたんじゃないかって思ったんだ。散々迷惑かけたんだから、嫌われても仕方ないかもしれないけど、だけどそれならそれで、一度ちゃんと謝らなきゃいけないって思って。でも、なんて声をかけていいのか分からなくて、それにいざ話そうとして、また拒否られると思ったら怖くて、こんな時、魅了の力をかけられたら話くらいはできるかなって、最低のことも考えたし……ああ、俺、何言ってるんだろう?」
 本当に、自分でも何が言いたいのかわからなくなっているのか、だんだんと言ってることが支離滅裂になってくる。ただ言葉を紡ぐ度に、どんどん表情が暗くなっていく。
 きっと、ホレスが言っていたように、今までだって相当落ち込んでいたんだろう。
 だけど……
「それ、全部誤解だから!」
 オウマ君が本気で落ち込んでいるのは、十分わかった。けどそれは、全部誤解。
 そのことを、そして、避けていた理由を、ちゃんと伝えなきゃ。
「その……避けてたのは本当だけど、オウマ君を嫌いになったって訳じゃなくて、むしろ理由を話したら、私の方が嫌われるかもしれない。いや、絶対に嫌うって言うか、軽蔑するって言うか……」
 話しながら、私も私で、だんだんと言葉がつまっていく。全部伝えようと決めたってのに、いざ告げようとするとやっぱり怖い。
 話を聞いたオウマ君がなんて言うかと思うと、上手く声が出てこなくなる。
 このままじゃいけない。改めてそう思ったところで、躊躇いを振りきるように、大きく頭を下げ、叫ぶ。
「ごめん。今まで黙ってたけど、オウマ君の魅了の力、完全に抑えられたわけじゃないの。それをどう伝えればいいのかわからなくて、今まで避けてました!」
 ああ、とうとう言ってしまった。
 オウマ君は、どんな反応するかな? 今まで黙っていたこと、どう思うだろう。
 それを確かめるように、恐る恐る顔を上げ、彼の様子を伺う。
「…………は?」
 そこにあったのは、キョトンとした表情。それに、間の抜けたような呟きだった。
 あれ? なんだか思っていた反応と違うな。