聖夜祭のパーティーも、全ての生徒が楽しみにしているわけじゃない。例えばダンスのパートナーが見つからない人の中には「けっ、リア充同士勝手にやってろ!」なんて思ってるのもいるし、興味がないって人だってそれなりにいる。
 ホレスも、そんな興味がない側の一人。聖夜祭の最中も、歴史研究部の部室でインキュバスの研究に没頭するって言っていた。
 そんなホレスなら、事情を話せばオウマ君を探すのにも協力してくれるだろう。
 そう思いながら、歴史研究部部室の前までやって来る。
 だけど扉に手をかけたその時、中から話し声が聞こえてきた。
「俺が言うのもなんだけど、オウマくんはパーティー行く気はないのかい?」
「興味ないですよ。元々、いい思い出のある行事じゃないですから」
 聞こえてくる声と内容から判断すると、中にいるのは二人。一人はホレス。そしてもう一人はオウマくんだ。
 図らずもオウマくんを見つけてしまったけど、中にいるのが彼だと分かったとたん、扉にかけていた手が、一度止まる。
 本当はすぐに入って色々話さなきゃいけないけれど、思いもよらないところで見つけてしまったせいで、まだ全然心の準備ができてない。
 そうして躊躇っている間にも、さらに中から声が聞こえてくる。
「いい思い出がない、ね。聞かなくてもだいたい想像がつくけど、大方魅了の力のせいで、何人もに言い寄られてたんだろ」
「そんなところです」
 聖夜祭と言えば、この学校に限らず男女間の距離が縮まるイベントが盛りだくさんだ。魅了の力を駄々漏れにさせていたオウマくんは、女の子からのアプローチを断るのにさぞかし苦労していたんだろうな。
「けどさ、もう魅了の力は押さえ込めるようになっただろ。なのにこうしてここにいるってことは、女の子と仲良くしたいとかは思ってないの? モテすぎて嫌になったとか?」
 そこまで聞いて、より一層聞き耳を立てる。盗み聞きなんてみっともないのはわかっているけど、今のオウマ君が女の子に対して、恋愛に対してどう思っているのか、なぜか無性に気になった。
 これも、やっぱり私自身が彼に魅了されているからなのかな?
 ゴクリと唾を飲み込み、オウマくんの言葉を待つ。
「別に、嫌って訳じゃないですよ。だけど、特別女の子と仲良くしたいとか、ましてや恋愛とか、今は全然考えられないだけです。その理由だって、だいたい想像がつくでしょう」
「まあな」
 ────っ!
 聞こえてきた言葉に、思わず息を飲む。
 恋愛なんて、全然考えられない。それはまあ、納得できることではあった。
 今までさんざん魅了の力に振り回され、何人もの女の子に言い寄られてきたんだ。力を制御できるようになったからといって、すぐに恋愛しようって気にはなれないのも無理はない。
 だけどその言葉は、魅了にかかっている私を動揺させるには十分だった。
(オウマ君、恋愛する気はないんだ。、もちろん、私とも)
 これも、失恋って言うのかな。いくらこの気持ちが魅了の力によるものだって思っても、胸がズキズキと痛む。
 気がつけば手が震えていて、それまで触れていた扉が、ガタガタと音をたてて揺れる。するとそれに気づいたのか、中から聞こえてくる声がピタリと止んだ。
 しまった。そう思ったけど、もう遅い。中から物音がし、扉が開かれた。
「シアン。いつからそこに?」
「えっと……」
 出てきたのは、オウマ君だった。驚いた顔で聞いてくるけど、それに答える余裕はなかった。
「────ご、ごめん!」
 一言それだけを叫ぶと、逃げるようにしてそこから走り出す。ううん。逃げるようにじゃなくて、完全に逃げ出したんだ。

 本当なら、盗み聞きしていたことを謝らなきゃいけない。何より、魅了の力がまだ抑えられていないことを、ちゃんと伝えなければいけない。
 だけどそうするには、たった今聞いた言葉の衝撃が、失恋のショックが、あまりにも大きかった。
 この痛みだって、きっと魅了にかかっているせい。そんなのわかっているのに、ちっとも自分が抑えられない。
 そんな、ぐちゃぐちゃな気持ちで走っていたのがまずかったのかも。
「──うわっ!」
 気がつけば足が絡まり、大きく視界が揺れる。
 転ぶ! そう思った時だった。
「シアン!」
 私を呼ぶ声が聞こえてきて、倒れかけた私の体が、フッと浮いた。
「大丈夫か?」
「う……うん」
 返事をしながら、ようやく自分が抱きかかえられていることに気づく。そして、かかえている相手はもちろん彼だ。
「オウマくん……」
 彼の名を口にしたとたん、自分の手に、ギュッと力が入るのがわかった。