翌日。今日も私は学校が終わると、すぐに家に帰ろうとする。教室を出る時にチラリとオウマ君を探したけど、その姿はどこにもなかった。
「シアン。今日もオウマ君とは一緒に帰ったりしないんだね」
「そりゃそうだよ。だって理由がないもん」
 一人で帰ろうとする私を見て、パティが言う。
 そんなことしたら、私とオウマ君が付き合ってるって噂がますます大きくなっちゃう。
 これ以上噂を広めないよう、私達は、学校ではなるべく会ったり話したりしないようにしていた。
 そして何より、一緒に昼食をとることもなくなった。おかげで私は、オウマ君の豪華弁当を分けてもらえなくなったよ。とほほ。
「うーん、噂では色々言われてるけど、もしかして二人って、本当に何もないの?」
「だから、最初からそう言ってるじゃない」
「でも、前にシアンのこと、エイダさん達から助けたんだよね?」
「だからって、そこから話が飛躍しすぎ。確かに助けてもらったけど、それだけだから!」
 本当はそれだけってわけじゃないんだけどね。
 今日だって、これからオウマ君はコッソリうちに来るわけだけし、そこだけ見ると、なんだか逢い引きしてるような気分になってくる。
「とにかく、噂なんてデタラメで、全部誤解だから!」
「うーん、そうなのかな?」
 これだけ口を酸っぱくして言ってるのに、半信半疑のパティ。だけど、彼女がこんな風に思うのも無理はない。
 この調子だと、誤解が完全に解けるには、まだまだ時間がかかりそう。
 ため息をつきながらパティと別れ、学校を出て家へと続く道を歩いていく。
 だけど、角を曲がって人気の少ない小路に入った時だった。
「あの、すみません」
 道の向こうから歩いてくる人に、突然声をかけられる。それは、目深に帽子をかぶりコートを羽織った、見覚えのない男の人だった。
「少し道を訪ねたいのですが、いいでしょうか?」
「はい、どこですか?」
 後にして思えば、この時もう少し警戒するべきだったのかもしれない。
 話を聞くため、不用意に近づいたその瞬間、急にその男の手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。
「えっ、ちょっと……」
 驚いて振り払おうとするけど、その手の力は思いの外強くて、ちっとも離れてくれない。
 そこでようやく、これはヤバイって、恐怖心が沸き上がってきた。
(なにこの人。痴漢? 変質者? こういう時ってどうすればいいんだっけ。声をあげるの?)
 いくらヤバイと思っても、咄嗟に動けるわけじゃない。逃げようにも腕を掴まれているし、半分パニックになって、どうすればいいのかわからない。
 それでも、せめて大声で何か叫んで、人を呼ぼうとする。
 だけどいざ声をあげようとしたその時、後ろから、全く別の人の手が伸びてきて、私の口をふさいだ。
「んんーーーーっ!」
 こうなってしまっては、小さくうめき声をあげるのが精一杯。
 ジタバタともがきながら、いつの間にか後ろにいた、別の人に目を向ける。
 すると、そこにいたのは一人じゃなかった。
 私の口を塞いでいるやつ以外にも、数人の男がいる。最初に声をかけてきたやつを含めると、何人になるだろう。
 どう考えても尋常じゃないこの状況に、心の底から怖くなる。
 何とか逃げようと暴れるけど、彼らはそれをいとも簡単にそれを押さえつけ、私の口にハンカチを押し当てた。
(なんで、こんなことに……)
 恐怖と疑問で、頭がいっぱいになる。だけど、それも長くは続かなかった。
 当てられたハンカチから変な臭いがしたと思った瞬間、私の意識は急速に遠のいていき、すぐに何もわからなくなっていった。