我が家の裏山の、いつもの練習場所。そこでオウマ君は、スッと目を閉じ、集中するように一切の動きを止める。一方私はというと、茂みの影に隠れながら、じっとその様子を見ていた。
 もちろん、ふざけて隠れているわけじゃない。
 これは、魔法の特訓だ。
 魔法を自在に使えるようになれば、同じ悪魔の力である魅了も、自由に制御できるようになるかもしれない。ホレスがそんなことを言い出してから数日。今日も私たちは、物置から持ち出した資料を片手に、魔法の練習をしていた。
 だけどね……
 目を閉じたオウマ君はゆっくりと右手を上げ、見えないはずの私のいる方向を指差した。
「シアン、そこにいるよな?」
 呼ばれて私は、茂みの裏から顔を出す。するとそのとたん、そばで様子を様子を見ていたホレスが声をあげた。
「よし、成功だ! 魔法の精度はどんどん上がってきているみたいだな」
 嬉しそうに叫ぶけど、私は、そんな彼を冷ややかな目で見つめている。
 私達が何をしているのか、これを見てわかる人なんて、誰もいないだろう。
「ねえ、これって本当に効果があるの? やってることって、ただの隠れんぼじゃない」
 最近私達がやっていることといえば、隠れた私をオウマ君が探すっていう、まさにこんな、かくれんぼみたいなことだけだった。
 だけどホレスが言うには、これは立派な魔法の特訓なんだって。
「これは由緒正しい、人探しの魔法だぞ。資料によると、インキュバスは一度吸い取った人間の生気を覚え、集中力を研ぎ澄ませれば、その人物がどこにいても探し出すことができるって書いてある。現にオウマ君は、ちゃんとシアンの隠れている場所を見つけたじゃないか」
「ほんとに? たまたま当たっただけなんじゃないの?」
 練習方法としてこの人探しの魔法を選んだのは、資料に載っている中では一番簡単そう、かつ失敗しても被害が無さそうってのが理由だった。だけど、隠れている私を見つけられたら成功って、そんなの地味すぎない?
 だけど、そこで魔法を使う本人であるオウマ君が口を挟んできた。

「それが、そうでもないんだよ。確かに最初は、俺も半信半疑だった。だけどやってるうちに、シアンのいる場所がわかるようになってきた気がするんだ。まだ、なんとなくって感じだけどな」
 最後は少し曖昧な言い方になったのは、まだまだ微妙な的中率だから。どんなに頑張っても、せいぜい6~7割ってところかな。
 だけどオウマ君本人がこう言ってるなら、少しは信じてもいいのかもしれない。
 オウマ君がそう言ってくれたのが嬉しかったのか、ホレスがさらに続ける。
「それにこれをやり初めてから、他の力のコントロールも上達してるだろ。なあ、オウマ君」
「ええ、まあ……」
 オウマ君は小さく頷くと、再び集中するように目を閉じる。するとその周りの地面に転がる小石が、宙に浮かび上がっていく。初めて私から生気を吸いとった時に偶然発動した、物を浮かせ、操る魔法だ。
 ただ、その時と今では、違うところもある。一度生気さえ補充すれば、人間の姿のオウマ君でも、この魔法が使えるようになった。それに、暴走することも少なくなった。
「人間の姿のままできるようになって、いきなり暴走することもなくなった。って事は、力のコントロールが上手くなってるって証拠だろ」
「うーん、確かに」
 とはいえ、自由自在ってわけじゃない。
「くっ……うわっ……」
 オウマ君が時折声をあげ、その度に、宙に浮浮いた小石がゆらゆらと動く。思った通りに動かそうとしているけど、細かな操作となると、まだ上手くいかないみたい。
 とはいえホレスの言う通り、これでも最初と比べると、ずいぶん安定してきている。
 まだまだ完璧と言うには程遠いけど、少しずつ成果が現れてきてるって思っていいんだよね。
「不思議だね。隠れんぼしていただけなのに、他の魔法も上手くなるなんて」
「物を浮かす空を飛ぶのも、種類は違えど魔法ってことには変わりないからな。一つを覚えれば、他も自然とコツを掴めるんだろうよ。これが、ずっと小石を浮かす練習ばっかりやってみろ。これだけ制御できる前に、大ケガしてたかもしれないだろ。俺はそこまで考えて、この練習方法を進めたんだぞ」
 ドヤ顔で語るホレスはスルーするとして、だんだんと魔法を覚えてきているオウマ君を見ると、少し面白そうだなとも思っちゃう。
 その時、浮かんでいた小石が、一斉に地面へと落ちる。
 それから、一息ついたオウマ君は、少しだけ複雑そうな顔をした。
「俺の本来の目的は、魔法を使うことじゃないんだけどな。普通になりたいはずなのに、だんだん人間離れしていってる気がするよ」
「うーん、確かに」
 無条件に女の子を魅了する力。オウマ君の最終目標はそれを制御することで、魔法の練習は、あくまでその前段階だ。
「一応毎日、魅了の力よ収まれって強く念じているんだけどな」
 人探しの魔法も、物を浮かす魔法も、心で強く念じることが発動の鍵になっていた。それなら、常に発動している魅了の力は、逆に収まれって念じる事で本当に収まるかもしれない。
 ただ、そっちはまだ目に見えた成果は出ていなかった。
「みんなのオウマ君に対する好きって気持ちが減ったかなんて、そんなのちょっと見ただけじゃわからないからね」
「そうなんだよな」
 もしかしたら、ちょっとは効果があるのかもしれない。
 けど人の気持ちなんて、目に見えるものでも数字で測れるものでもないから、どうやって確認すればいいかもわからない。
「おまけに、私との仲が噂されたせいで、なんだか未だに変な空気があるんだよね……」
 私とオウマ君が付き合っているって噂は、まだ続いてる。
 おかげで、毎日のように鋭い視線が突き刺さってくるよ。
 その噂のせいで、オウマ君に対する女の子の反応は、今非常に微妙な状態。
 好きって気持ちが減ってきてるのかどうかなんて、余計にわかりにくくなっていた。
「とりあえず、今はもっと練習して、力の制御を覚えるしかなさそうだね」
「そうだな。じゃあ、また練習の続き、手伝ってくれるか?」
「もちろん」
 気を取り直したように言うと、オウマ君も同意して、再び練習に入る。
 まあ練習っていっても、延々隠れんぼするだけっていう、ひたすら地味なものだけどね。
「疲れたなら言ってね。私の生気、もう少しくらいなら分けてあげられるから」
「ああ。けど、今はまだ大丈夫だから」
 こんな地味な魔法でも、一回使うたびに大きく体力を使うらしく、十分に練習するためには生気の補充が必要みたい。
 生気を吸われると、今度は私がひどく疲れるけど、それが私の役目だ。
 そう思うと、いくらでも協力しようって気になってくる。
 だけどこの時まだ私は知らなかった。こんな風に練習を重ねている影で、まさかあんな危機が迫っているなんて。