ほぼ全ての女子生徒の憧れであるオウマ君。そんな彼が付き合い始めたって噂は、瞬く間に学校中に広まった。
 私もオウマ君も否定したから、みんな完全に信じているかはわからないけど、本当のところはどうなんだろうって話が、たくさんのところで囁かれていた。
 こんな状況でオウマ君と話したりしたら、余計に噂が広まるだけ。そう思った私は、その後オウマ君とは一切言葉を交わすことなく、お昼も久しぶりに一人で食べた。
 だけど、いつまでも顔を合わせない訳にもいかない。学校が終わった後は、いつものように私の家で力を使う練習をするんだから。
 先に家に帰ってオウマ君が来るのを待っていると、先にホレスがやって来た。
「噂は聞いたぞ。オウマ君と付き合ってるんだってな」
「それ、誤解だってわかってて言ってるでしょ」
 ジトッとした目で睨むと、ホレスはわざとらしく身を震わせる。
「そう怒るなって。それと、そのオウマ君と帰りに会ったんだが、今日は来るのが少し遅れそうだってよ」
「そうなの? なんで?」
「噂を聞いて、つけ回してくるやつらがいるんだと。そんな状態でこの家に来たら余計誤解されるから、適当に撒いてから来るってよ。一応、この家に入る時も人目につかない裏口を使えって言っといた」
「うへぇ……」
 どうやら噂の影響は、思った以上に大変なことになっているみたい。
 そうして待つことしばらく。ようやくやって来たオウマ君は、まず私を見るなり、勢いよく頭を下げてきた。
「本当にもう、何て言って謝ったらいいのか……」
「いや、別にオウマ君が何かしたって訳じゃないんだし、顔上げてよ」
 この騒動は、オウマ君にとってもかなり堪えたようで、このままだと土下座だってしそうな勢いだ。なんだか、オウマ君の落ち込む姿もすっかり見慣れた気がするよ。
「あんな噂が流れて、困ってるのはオウマ君も同じでしょ」
「だけど、それでも元はと言えば俺が原因だろ。何か変なこと言われてないか。例えば、またエイダ達から呼び出しくらったりとか──」
「えっと……」
 エイダさんの名前が出てきて、少しだけ言葉につまる。
 今日一日、エイダさんの周りには、ピリピリした空気が漂っていたって聞いている。
 なにしろ、彼女達が昨日私を呼び出したことと、オウマ君がそれを知って助けに行ったことは、もう学校中の人が知っている。
 エイダさんの前でそれを面白おかしく言う人はいないだろうけど、彼女にしてみれば屈辱だったに違いない。
 それに加えて私達が付き合ってるなんて噂まで流れたんだから、いったいどう思っていることか。
「た、多分、大丈夫……だと思う」
 実際、今のところ彼女達に何かされたわけじゃない。一度、彼女と廊下ですれ違って目が合った瞬間、鋭く睨み付けられた気がするけど、それだけ。他の子達にしたって、時々突き刺さるような視線を感じることはあるけど、何かされたりはしていない。
 多分、オウマ君が私を守ってくれたって話も一緒に広がってくれたおかげで、みんな迂闊なことはできないんだと思う。
「何が起こるかなんてわかんないんだから、今心配したってしょうがないじゃない。だいたい嫉妬なら、オウマ君の持ってるインキュバスの力を抑えられたらマシになるかもしれないよ」
 エイダさん達がオウマ君に執着しているのも、魅了の力のせい。ならそれを何とかすれば、自然とやっかみもなくなるかもしれない。
 その言葉で、オウマ君もいくらか気を取り直したみたいだ。不安げにしていた表情が、キッと引き締まる
「確かにそうかもな。今まで以上に頑張らないと」
 すると、今まで私達の話を聞いてるだけだったホレスが、ここぞとばかりに言ってきた。
「そうと決まれば、早速力を使う練習だな。ジャンジャンやっていこう」
「ホレスは、ただ面白いものがみたいだけでしょ」
 こんなマイペースなのが側にいると、真剣に悩んでいたのがバカらしくなってくる。
 苦笑する私とオウマ君だけど、練習すること自体は賛成だ。
「また、少しだけ生気をもらってもいいか? 今度は、昨日みたいに暴走しないように気をつけるから」
「もちろん」
 遠慮がちに聞いてくるオウマ君に向かって、両手を差し出す。
 するとそこで、ホレスがこんなことを言い出した。
「そういえば、昨日言ってた、悪魔が使う魔法について書かれた本だけど、あれから見つけたんだ。中には、力を使う練習にピッタリなのもあったけど、試してみないか?」
 魔法? 思わぬ言葉に、私もオウマ君も手を繋ぐのを止め、ホレスに目を向けた向けた。