「オウマ君、どうして? 先に帰ったんじゃないの?」
 廊下の向こうに立っていたオウマ君は、私と目が合った途端、駆け足でエイダさんの横をすり抜けやってくる。
 そして私の肩を掴むと、三人から守るように自分の後ろへと追いやった。
「忘れ物があったから、一度教室に戻ったんだよ。そしたら、シアンがこいつらから呼び出されたって、ちょっとした噂になってた。シアンがよく話していた、あのナントカって子、心配してたぞ」
「ナントカって、パティだよ」
 あれだけ堂々と大勢の前で連れ出したんだから、見ていた人がザワついていても不思議はない。
 エイダさん達は、オウマ君が帰ったのを見て仕掛けてきたんだろうけど、たまたまこうして戻って来たのは、彼女達にとって不運以外の何者でもなかった。
 オウマ君はエイダさん達の方に顔を向け、怒気を孕んだ声で問いかける。
「今、シアンに何をしていた」
「あの……私達は、オウマ君に迷惑がかからないようにと思って……」
「理由がどうこうじゃない。俺は、何をしていたか聞いてるんだ」
 取り巻きの一人が慌てて弁解しようとするけど、バッサリ切られた上に一睨みされる。途端に、彼女の体がビクリと震えた。
 オウマ君の怒ったところを見たのは、これで二度目だ。一度目は、ホレスから私の生気を吸ってくれないかと頼まれた時。
 けど、その時よりも遥かに怒っているように見えた。
「答えられないのか? って言うか、俺に迷惑がかからないようにってなんのことだ? 俺がシアンといて迷惑だって、そんな事言ってたか?」
「それは、その……」
 こうして見ると、怒ったオウマ君ってかなり怖い。
 取り巻き二人は、鋭い言葉と眼差しに、ただただ狼狽している。
 けど、エイダさんは違った。
「あら? わたくし達が、何かおかしなことをしましたか?」
「なに?」
「わたくしはただ、彼女に身の程を弁えるよう、釘を刺していただけですわ。だって、彼女はどう考えても、オウマ君と釣り合ってはいないでしょう」
 彼女は、まるでそれが当然であるかのように、何の躊躇いもなく言い放った。
「どういうことだよ?」
 これにはオウマ君も予想外だったみたいで、戸惑っている。そしてそんな彼に向かって、エイダさんは尚も続けた。
「だってそうでしょう。貴族とは言えその位は低く、財産もろくにない。そんな方が、あなたの側にいるのにふさわしいはずがありませんわ!」
「なっ────!」
 まさか、オウマ君の目の前でここまでハッキリ言ってくるとは思わなかった。
 何の悪びれもせずにこんなことを言うなんて、エイダさんにとって、家柄ってのはそれくらい重要なものなのかもしれない。
 私は、到底納得できないけど。
「それ、本気で言ってるのか?」
「当たり前でしょう。あなたにはそんな人よりも、もっとふさわしい人を側におくべきです」
 そのふさわしい人というのが、自分なんだろう。多分エイダさんは、本気でそう思っている。
 だけどそこから先、彼女の言葉が続くことはなかった。次に何かを言おうとした瞬間、オウマ君の腕が伸び、その口に蓋をした。
「────っ!」
 声もあげられないけど、その表情から、驚いている事だけは十分に分かった。
「お前には何のことだかわからないだろうけどな、俺はお前に対して、負い目があるんだ。だから、できることならきつい言葉なんて言いたくない」
 負い目。それはもちろん、特別強い魅了の力をかけてしまったことを言っているんだろう。実際、その話をしている時のオウマ君は、とても苦しそうにしていた。
 だけど今の彼は、そんな罪悪感よりも、怒りの方がずっと勝っているように見えた。
「でもな、もしシアンを勝手な理由で悪く言うなら、絶対に許さないから」
 これには、今まで強気な態度を崩さなかったエイダさんも、顔色が変わる。
 一気に青ざめ、オウマ君が手を離した瞬間、震えながら声をこぼす。
「そんな……」
 よほどショックだったんだろう。だけどオウマ君は何も応えず、そんなエイダさん達に背を向け、私の手を握る。
「行こう」
「あ……うん」
 私はと言うと、途中から目の前で起きてる事を受け止めるのに精一杯だった。今だって、オウマ君に掴まれた手を引かれるまま、ただその後をついていく。
 何も言葉が出てこない。だけどどういうわけか、オウマ君に手を掴まれてからずっと、私の心臓はうるさいくらいに激しい音を打ち鳴らしていた。