飛び出していったオウマ君だけど、私達に何も告げることなく帰ったりはしないだろう。
 元々、貴族の屋敷としては大して広くない我が家。探すのにはそう苦労はしない。というか、外に出たところであっさりと見つかった。
 落ち込んでいるのか、ガックリと頭を下げていたけど、私が近づくと、すぐに気づいてこっちを向く。
「ごめん……」
 真っ先に出てきたのは、謝罪の言葉だった。
「いきなり怒鳴りつけて、悪かったな。先輩にも謝らないと」
「いや、あれはホレスも悪いと思うから。それに、オウマ君は私に迷惑かけたくないから、あんなに嫌だって言ってくれたんでしょ?」
 それまでは、ホレスの無茶振りにも付き合ってあげたオウマ君。なのに生気を吸い取る事だけは頑なに拒んだ理由は、きっとそれだ。
 魅了の力を、人の心をねじ曲げることだと言って罪悪感を抱えているオウマ君。そんな彼だから、人の生気を吸い取るなんてのも、絶対にしたくないってのはなんとなくわかる。
 なのに、オウマ君は力なく首を横にふる。
「俺はただ、自分が悪者になるのが嫌なだけだよ。魅了の力だけでなく、生気まで吸い取るようなことをしたら、本当に悪魔になるんじゃないか。それが怖いだけなんだ」
 こんな風に落ち込むオウマ君を見るのは、これで二度目だ。一度目は、今日の昼休み、エイダさんに詰め寄られた後のこと。
 その時も、彼女がああなったのは自分のせいだと言って肩を落としていた。
 そんな彼を見て思う。
「オウマ君ってさ、けっこう拗らせてるとこあるよね」
「うぐっ!」
 正直な感想を伝えると、ショックだったのか、痛々しそうに胸を押さえ込む。だけど、実際拗らせてると思うよ。
「そりゃ原因がない訳じゃないけど、だからって、自分が悪いって思いすぎじゃない?」
「いや、でも……」
 私が一言放つ度に、ダメージを受けるオウマ君。少し前までは学校一のモテ男って印象だったけど、こうして素の彼を知った今、そんなのはすっかり崩れている。
 だけど、私はそんなオウマ君が嫌いじゃない。
「でもさ、優しい理由なんて、そんなんでいいんじゃないの?」
「だから、優しいとかじゃないって言ってるだろ」
「そう? だって本当にひどい人なら、悪いことしたなんて思わず、好き勝手するんじゃないの。魅了の力でハーレムでも作って、あんなことやこんなことを……」
「するわけないだろ!」
 真っ赤になりながら叫ぶけど、それがおかしくて笑ってしまう。
「ほら、すぐにそう言えるのが、優しいとこだよ。あと、お弁当もくれたしね」
 罪悪感を抱いてしまうのは、仕方ないことかもしれない。けどだからって、それを理由に優しさまでは否定してほしくはなかった。
「──なんだよそれ。弁当渡せば、それで優しいやつになるのかよ」
 呆れたように言うけど、あの時おにぎりと引き換えにもらったお弁当は、それはそれは美味しかったんだから。
 そこでようやく、オウマ君から少しだけ笑みがこぼれた。
「そんなの聞いてると、悩んでるのがバカらしくなってくるな」
「えぇーっ。そうかな?」
 なんだか私が笑われてるみたいで少し不満だけど、このまま落ち込んでるよりはずっといい。
「先輩にも、ちゃんと謝ってくるよ」
「いやいや。だからあれは、全然関係ないことやらせたホレスも悪いって。私からも言っておくから」
 そんなことを言い合っていると、ちょうどそこで、ホレスが姿を現した。
「こらシアン。俺を悪者にするんじゃない」
 どうやら今の会話を聞いていたようで、不満そうに口を尖らせる。いったいいつからそこにいたんだろう。
「先輩、さっきは怒鳴ってすみませんでした」
「いいって、全然気にしてないから。俺も、半分くらいは自分が楽しむためにやってたからな」
 やっぱり楽しんでたじゃない。
 ホレスとは長い付き合いだけど、こう言うところが困ったものだ。
「でもさ、もう半分は真面目にやってたんだぞ。悪魔の姿にさせたのも、生気を吸ってみてって言ったのも、力を押さえ込むためには必要だと思ったからだよ」
「「えっ!?」」
 ホレスの口からでてきた予想外の言葉。それを聞いて、私とオウマ君は思わず顔を見合わせていた。