───花嫁修行───
婚約発表から翌日私の自室の扉が叩かれる。



「茜、入ってもいい?」



「い、いいよ…」



私が返事をするとベルがひよっこりと顔を覗かせる。



「おはよう…ベル…」



「おはよう…茜…」



昨日の出来事の恥ずかしさで思わず下を向く。



「茜…こっち、見て…」



とベルが私に近づき顎に手を添え私の顔を上向かせた。



「ベル…」



「…ふふっ」



「え?」



「ごめんごめん…可愛いなって…それと夢じゃないんだって嬉しくなっちゃった」



「…!もうっ!着替えて来るから外で待ってて!」



「はいはい」



にこにこしながらベルが自室から出たのを確認し、私は溜息と同時に膝から崩れ顔の火照りを取り除こうと必死に手で扇いだ。



落ち着き着替えも済ませ、ベルと共に広間へと向かうと
ムーン王子とリリール王子を初めとしたメイドや執事達が並んで私達を待っていた。



「おはようふたりとも」



「「おはようございます」」



「では、本題に行こうか」



「「はい」」



「茜さん君には花嫁修行をして貰う」



「…はい?」



花嫁修行って何!?



料理とかするの?



「と言ってもただの挨拶回りよ。この国の民と周りの国の貴族達への挨拶回り」



王妃がそう言うと国王陛下は頷く。



「過酷なことは…まぁ無いとは言えないがそう酷い扱いもないだろう。安心してくれ」



「わかりました」



「そしてベルーガにも挨拶回りに同席しつつお前には剣技を磨く特訓を開始する」



「はい」



「早速このあと挨拶回りをするから着替えて来て…メリドット」



「はい」



「サポートお願いね」



「かしこまりました」



そして私はベルと別れ自室で着替えを済ませ城の門まで来ていた。



「ベル…」



ベルはまだ来ていないようだ。



「茜様。日焼けしてしまいます中で待ちましょう」



「…はい」



メリドットの手を借り馬車に乗り込みベルを待っていた。



「待たせてすまない」



暫くするとベルの声が聞こえて来た。



「ベル」



「茜、待たせてごめんね?」



「大丈夫だよ」



「出発致しますのでご着席くださいベルーガ様」



「あぁ…わかったよ」


「…大丈夫?」


「何がかい?」



「ベル何だかボーッとしてるから…体調悪い?」



「ううん、元気だよ…ただ…」



ヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえると



「ユーリ!やめなさい!」



「ユーリ様…」



衛兵達の同情しているかのような苦しそうな声とユーリのご両親が必死にユーリを制止する声が聞こえて来た。



「…やっぱり居るか」



「え?」



「茜、僕の手を離さないでね…絶対に僕が守るから」



ベルが私を抱き寄せ頭を撫でる。



この時の私はまだ想像もできなかった。



まさか清楚そうな少女からあんなに罵声を浴びるだなんて



「いらっしゃいませベルーガ様、茜様…昨日は娘が御無礼してしまい申し訳ございません」



父親と母親が謝っている最中、ユーリは私を睨みつけている。



ベルが私と繋いだ手を強く握る。



「ほら、ユーリ謝りなさい」



「…申し訳ございませんでした」



「…大丈夫。もういいだから、二度と茜と僕には近づくな」



「…嫌だ!絶対あんな泥棒猫より私の方が街の人には褒められるし、私の方がベルのこと沢山知ってるし、ベルのことを愛してるのに…こんな奴何で元の世界に帰らなかったのよ!この泥棒猫ーっ!!」



「ユーリ!!」



「も、申し訳ございません茜様、ベルーガ様後で叱りますのでどうか御勘弁を…」



「帰れぇ!この泥棒猫ー!!」



このあとも街の人達からも暴言はなかったけれど良い顔をした者は誰一人居なかった。



考えてみたら当然だ。



云わば私はこの街の人から見れば宇宙人のような者なのだから。



第一王子の前では流石にみんなにこにことしていたが内心では不安なのだろう。



「大丈夫かい?茜」



「大丈夫だよ…ただ」



「ただ?」



「私はこれからこの街の人達の信頼を得る為には何をしたらいいのかな?」



「…それは正解なんて無いんだから、それは茜が自分で考えて実行するべきなんじゃないのかな?」



「…だよね」



「僕も出来ることはサポートはするから頑張って」



「…うん」



そこから私の"花嫁修行"という名の"ボランティア活動"が始まった。



私は街の人達に挨拶を一通り済ませ街の清掃活動を開始した。



城の人達は反対して居たが、このままでは私は離婚させられそうだ。



なので、私は急ぎ道をするよりも確実な選択をした。



…と思っていたのだけど



「見て、異世界から来たとかいう人が掃除をしてるわ」



「こうやって見ると本当に王族に嫁いだの?って感じ」



「どうしてベルーガ第一王子は異世界の人何か選んだのかしら」



一筋縄では行かないことも覚悟してたけど



正直、街の人達は私にとても辛辣だった。



それでもベルとの幸せを掴んだのに手放したくない。



それにこの幸せを手放せば私はもう何処にも居られなくなる。



だから私は毎日街の清掃活動に力を注いだ。



婚約発表から早3年私はすっかり街の人達とも打ち解けられた。



「姫、おはようございます」



「おはようございます」



「今日も買って行くかい?」



「はい!カヌレふたつ貰えますか?」



「カヌレね。ベルーガ王子と食べるのかい?」



「はい!ここのカヌレはとても美味しいので」



「いつもありがとうね。あとふたつオマケしておいたから」


「ありがとうございます!」



思えばこのおばちゃんがこの街で最初に私に声をかけて来た人だ。



そこからは街の人達も警戒心がなくなったのか話しかけられることが多くなって



私はベルとの幸せな生活が送れている。