ピンポーンと葉山の家のインターフォン
が鳴った……と同時に玄関が開き、
凄い勢いで、リビングに入ってきた夏。

 ソファーに座りテレビを観ていた矢上が
驚いて立ち上がった。

 息を切らした夏が、矢上の前に歩み寄ると
 「どういうこと? パリに留学中って……
日曜日にパリに帰るって……私、聞いてないんだけど。
 それ、本当なの?」

 「あ~、誰かから聞いたんだ。
うん、本当だよ。俺、今、パリに留学中なんだ……
向こうで、色々あって……へこんでた時に、
教育実習の話がきて……俊二に相談したら、
じゃあ、うちの高校でってことになったんだ。
こっちに来た頃は、色んなことを引きずって
心が荒んでたもんだよ……」

 夏は、矢上に出会った頃のことを
思い出していた。

 「パリに行ったら、今度はいつ戻ってくるの?」
 「う~ん。多分、もうしばらくは戻らないかな?
留学先の先生から、卒業したら本格的にパリで
活動をしないかって言われてて……」

 「そう……なんだ」
 夏が悲しそうに呟いた。

 「俺さ……夏にお礼言いたくて……」
 「お礼……? 私に?」
 「ああ、俺の心を元気にしてくれた……」
 「そんなことないよ……」
 「あるよ。この二週間、物凄く楽しかった」
 「私は、ムカついたり、悲しくなったり……
楽しかったり、ドキドキしたり……
振り回され続けただけだよ……矢上のくせに」

 「矢上のくせに……か」
 矢上が微笑んだ。

 彼の顔を見た直後、目頭が熱くなるのを
感じた夏は、急いでリビングから出ようとした。

 「夏……」
 矢上が彼女を呼び止めた。
 彼の声に思わず立ち止まり振り向いた夏。

 「夏……、土曜日の午後一時……
美術館の俺たちが最初に出会った場所で
待ってる……」
 矢上が呟いた。

 夏は、無言でリビングから出て行った。
玄関先でサンダルを履き、ドアノブに手をかけると、
階段を下りて来た葉山が、 
「夏……どうしたの? こんな時間に……」
と声をかけた。
 無言で何も言わない夏……。

 その時、リビングから夏を追いかけ、
矢上がやって来た。

 二人の顔を見つめた葉山は、
何かを感じたかのようにフッと微笑むと、
 「こらこら、高校生がこんな時間に、
男性の家に来てはいけませんよ」
 と呟いた。

 「すみません……。先生……」
 小声で謝る夏。
 「矢上先生もです……」
 「すみません……」
 矢上も頭を下げた。

 「よろしい……。じゃあ、上野さん、
また明日、学校で……」

 葉山が優しく言うと、夏はペコっと
お辞儀をして自宅に帰って行った。