リビングで、薬箱を見つけた矢上。
 中から、冷却シートと風邪薬を取り出すと
冷蔵庫をあけ、ミネラルウォーターを取り出し、
階段を上がり夏の部屋のドアをノックした。

 「夏……入るぞ」
 懐中電灯の光とともに矢上が入って来た。
 ベッドの上に起き上がった夏に、
矢上は、薬とミネラルウォーターのボトルを
渡した。
 薬を飲んだことを確認した隼人は、
彼女のおでこに冷却シートをペタっと
貼り付けた。
 「ほれっ……」
 「冷たい、でも気持ちいい」
 「ほら、横になりな……」
 夏の背中に手を当て、彼女をベッドに
寝かせた隼人……。

 「うん。これでよし! あとは熱が下がるのを
待つだけだな……明日休校だし、大人しく寝てれば
時期治ると思うぞ。じゃあ、スマホここに置いて
置くから、何かあったら俺を呼べ。じゃあな」

 矢上が振り返りドアの方を向いた時だった……
 「ん?」
 矢上が後ろを振り向くと、
 おでこに、冷却シートを貼られた夏が、
矢上の上着の裾を引っ張り……
 ほのかに火照る顔と、熱で潤んだ瞳で、
 「お……ねがい。行かないで……」
 と呟いた。

 「へ? どうした」
 驚く矢上に夏が小声で……
 「だから……行かないで。傍にいて……」
 少し苦しそうな夏の顔を見た矢上は、
少し戸惑いながらも……
 「えっと……、あ~、そうか、おまえ怖いんだろ。
停電の中、一人でいるのが……」
 と言った。

 「うん……」
 矢上を見つめる夏……。
 いつも見せない気弱で不安そうな夏を見た
矢上は……
 夏の寝ているベッド横の床に座り込むと、
そっと夏の髪の毛をなでながら、
 「仕方ないな……じゃあ、夏が眠るまで
いるから……安心して」
 と優しく微笑んだ。

 「ありがとう……」
 「おまえ、なんか……今夜は偉く素直だな」
 「そうかな……ねぇ、矢上っち……」
 「なに?」
 「手……握っててもいい?」
 「はぁ? おまえ、本当に子どもみたいだな」
 「だって……こうしてたほうが安心するから」
 「はい、はい。じゃあ、もう眠りな……」
 矢上は夏の手をそっと握った。
 夏の手は、熱のせいで通常よりははるかに
温かったが、その体温と柔らかい手の感触が
十分に伝わってきた。
 矢上は思わず顔を横に向けた……。

 矢上が、懐中電灯の向きを変えると、
室内は眠るのに丁度よい暗さになった。

 沈黙が広がる室内からは、
やがて夏の寝息が聞こえてきた……。

 薄暗い室内で無防備な顔をして眠る夏の
寝顔を見ながら、矢上も目を閉じた。

隼人の意識の奥に、
降り止まない雨音が……
BGMのように聞こえてくるのであった。