夏は、額にそっと置かれた
冷たいタオルの感触で目が覚めた……。
 ぼやけた視界の先に見えたのは、
薄暗い部屋の中で、心配そうに夏の顔を
見つめる矢上の姿……。

 「矢……上……っち」
 夏が呟いた。
 目を覚ました夏に安堵の表情を浮かべた
矢上……
 「大丈夫……か?」
 と呟いた。

 「う……ん」
 と答えた夏だったが、すかざず矢上が
 「うそつけ! おまえ熱が高いじゃんよ。
玄関でさ、人の顔見た途端に倒れ込むからさ、
俺、焦っちゃったよ……停電してるからさ
暗闇の中……おまえをここまで運ぶのは
物凄~く大変だった……」
 矢上の言葉に夏は、停電になっていることを
思い出した。
 「あ……そうだ、停電だったんだ」
 「ああ、復旧まで暫くかかるみたいだけど」
 「あの……私をここまで運んで来たの?」
 「そうだけど……」
 「どうやって?」
 「そうだな~、お姫様抱っこ的な?」
 「え? 矢上ッちがお姫様抱っこ?」
 「そうだけど……悪いかよ。心配すんな。
俺は力持ちだからさ、少々重くても
大丈……あたっ…、何するんだよ」
 夏は、矢上の話を遮るように枕を彼に
投げつけた。

 「も~、重いなんて……恥ずかしいから言わないでよ」
 「あ~、そういうことね。ごめん、ごめん。
でも、そのくらいの元気があれば、熱……
下がってきてるんじゃない?」
 矢上が夏のおでこに自分のおでこをくっつけた。
 夏の顔の前に矢上の顔……。
 夏は、胸が締めつけられるように
心臓の音が高鳴るのがわかった。

 夏のおでこに自分のおでこをつけたまま、
隼人が呟いた。
 「ん~、夏、まだ熱いぞ……。熱下がって
ないのかな? 熱、もう一回測って見ろよ」
 夏から、離れると矢上は体温計を夏に
渡した。

 ピピピ……。
 測定終了の音がした。脇に挟めた体温計を
取り出した夏が矢上に差し出した。
 「37.5度……か、まぁ、冷やして解熱剤
飲んどくか……薬、ある?」
 「うん……リビングの電話台の下の開き戸に
薬箱が入ってる。あと、おでこに貼るヤツとか……」
 「了解、取って来るよ。夏は寝てな……」
 そう言うと、矢上は懐中電灯を照らしながら
一階に降りて行った。

 暗闇になった夏の部屋……
 カーテンの隙間からは、時折光る稲光と、
激しい雨音と風音が聞こえる……。