「キヌコさん、どうしたの?」
 と唯の耳元で囁く悠。
 「突然のことで驚いてるんです」
 と唯も悠の耳元で囁く。
 「それは、俺も同じだよ」

 撮影は、順調に進み撮影場所が屋外に移る。
 夕陽が差し込むロケーションで互いに背を向けて、
背中をピタリとくっつけて座る二人。

 二人に風が当たり、唯のサラサラの黒髪が揺れる。
 悠がギターを抱えて弾き語りをし唯が空を見上げて
悠の歌を聴いているシーンの撮影。

 「カァ~ット」と監督の声がかかる。
 角度を変えて何度も、繰り返される撮影。

 唯の優しく穏やかな表情、
 悠の切なく甘い声に、
撮影スタッフもつい聴き入ってしまう。

 悠の歌声は周囲を引き込んでしまうほどに
魅力的だった。

 悠の歌声を一番近くで聴いている唯。
 撮影とはいえ、色んな感情と想いが込み上げる。

 唯の瞳から一粒の涙が流れ落ちる。
 それを見た悠が彼女の頬につたう涙を
彼の細く長い指が優しく拭った。

 悠の胸に頭をコツンと当てる唯、
彼は彼女の頭にそっと手を乗せる。
 唯が悠を見上げると、彼の優しい眼差しが
彼女を見つめる。

 演出にないふたりの動きに監督以下スタッフが驚いた。
 「切らなくていい……そのままカメラを回せ」
 と監督が呟いた。

 見つめ合う二人の姿は自然体で、そこにオレンジ色の
夕陽が当たる。

 台詞(セリフ)も演出もない、二人のシルエットを
カメラが追う。

 その美しさに、そこにいた誰もが胸を打たれたような
衝撃を受けたのだった。

 監督が思わず「カァ~ット」と叫んだ。

 モニターでふたりの映像を確認する監督とスタッフ。

 「監督、これって物凄くいいんじゃないですか?」
 とスタッフの一人が言った。

 そこに、悠と唯がやって来た。

 「監督すみません。
 その、その場の雰囲気にのまれてしまい、
もう一度お願いします」
 と悠がすまなさそうに言った。

 「すみません、監督、私も悠さんの曲聴いてたら
感動しちゃって…… 指示通りできなくて……」
 と謝る唯。

 「悠君、YUIちゃん、気にしないでいいよ、
お陰でいい映像が撮れたよ。観てみるかい?」
 と言うと監督はモニター画面に映る二人の姿を見せた。

 モニターに映し出された映像は、

 紛れもなく……
ふたりの『想い』が映し出されていた。