映画館を出た悠と唯。
 「キヌコさん、今日はオフ?」
 と悠が聞いた。

 「はい、たまたま休みで」
 「ふ~ん、じゃあ、行こうか」
 「え? どこに?」
 と唯が聞くと悠は彼女の手を取り歩き出した。

 映画館からすぐの路地裏を歩く悠と唯。
 悠が突然立ち止まると、
 「ね~、キヌコさん、その頭取りなよ」と言った。

 「あ、このウィッグですか?」と頭を触る唯。

 「そう、違う意味で目立ちすぎる」

 「わかりました。じゃあ」
 と言うと唯はウィッグを取ると、
懐かしいトートバックに入れた。

 再び路地裏を歩き始めた二人。
 しばらくすると悠が、
 「着いたよ」と店の中に唯を連れて入って行った。
 
 席に座る二人、
 「ここは?」と唯が聞いた。
 「ここは、セルフサービスのカフェ
店員も来ないから楽なんだよ。珈琲でいい?」

 「うん」

 悠は、帽子を深く被るとマスクを
したままカウンターに珈琲を買いに行った。
 唯は、悠の後ろ姿を見ると微笑んだ。
 悠が珈琲カップを運んでくると唯の前に置いた。

 悠はマスクを外すと、二人は珈琲を飲みはじめた。
 「映画観に来たの?」と悠が聞いた。

 「はい、自分の主演映画を映画館で
観客として観たくて……
平日の朝なら大丈夫かなって思って。
 悠さんは?」

 「俺? 俺は、単純にキヌコさんの
主演映画を観に来たの。ただそれだけだよ」
 
 唯が嬉しそうな顔をした。

 「やっぱり、映画観るなら、平日だよな。
 ガラガラだったし、人いなくて助かった。
 そして、路地裏のセルフサービスのカフェ。
 俺たちみたいな職業の人には打ってつけ。
 でもね、キヌコさん……覚えてて、
このカフェを利用するのは、ランチが始まる前の
時間帯まで」

 「と言うと?」
 「正午までに店の外に出ること。
 ランチタイムは人が殺到するからね」
 「ふふふ、覚えておきます」

 「絶対に見つからないから」
 「そうなんですね」と唯が笑う。

 悠が頬添えをつくと唯を見て小声で言った。

 「唯ちゃん、珈琲飲んでしまった?
 前言撤回しなきゃ。
 誰かが、こっちを見てる。
 俺がカップを返却するから、唯ちゃんは
そのまま店の外に出てて……」

 「わかりました……」と小声で返事する唯。

 二人は席を立つと、
悠はカップを返却口へ運び、
唯は、そのまま店の出口まで歩いて行った。

 悠がカップを返却し、振り向くと一人の男が
声を掛けてきた。

 「『RAIN』の悠さんですよね?」

 悠は思わず、
 「人違いですよ。違います」
 と言うと出入り口へ向かう。

 その男は店内に響くような大きな声で、

 「『RAIN』の悠さんですよね!」
 と言った。

 男の声に反応した、カフェ内の客が
一斉に悠と男の方向を見た。
 悠は、慌てて店の外に出ると
先に出ていた唯の手を引き、

 「キヌコさん、走るよ」
 と言うとそのまま唯を連れて走り出した。
 路地裏を走る二人、

 「待ってくださいよ~」と男が二人を追いかける。

 路地裏の店の影に隠れた悠と唯。
 悠がスマホを取り出し確認する。
 「やばいな~、もう拡散されてる」
 「拡散って?」

 「ほら見て、『RAIN』の悠が今誰かを連れて、
〇〇〇付近にいる……みんなで捜索しよう! って」

 「どうしよう……」と困り顔の唯。
 しばらく考えた悠、

 「よし、唯ちゃん、今から通りに出て
それから、全速力で走るから俺の手を
離さないでね」と唯の頭を撫でる悠。

 唯は悠の提案に素直に頷いた。