ここは、悠が住むマンションの
エントランスロビーのカウンター。

 ホテルのようにコンシェルジュが
二十四時間体制で在住している
このマンション。

 EVも数基設置されており、
住人同士が顔を合わせることもない。
 地下駐車場から各階へ直通のEVあり
セキュリティ万全のこのマンション。

 悠をはじめ、数多くの有名人が
住んでいるという。

 もちろん、住民のプライバシーが
明かされることはない。

 そこに勤めるコンシェルジュは数名、
精鋭揃いのその道のエキスパートばかり。

 その中でも林さんは悠の前ハウスキーパー
『キヌコさん 六十三歳こと唯』のことを
知る数少ない一人だ。

 「林さん、休憩どうぞ」と言われ、
林はカウンター奥の休憩室に入った。
 部屋の中には、先に休憩に入っている後輩がいた。

 「林さん、お先してます」
 「ああ、いいよ」と言うと林は
 後輩がテーブルの上に開いていたPCの画面を覗いた。

 「あ……これ、今日、女優の『YUI』の
初主演映画の舞台挨拶、生配信中なんですよ。
 東田様も出演されてますよ。
 俺、『YUI』のファンで、デビューから
ずっと推してるんですよね。
 ほら、俺、雑誌もチェックしてるんで」
 と唯が表紙に写っている雑誌を林の目の前に置いた。

 「ふ~ん」と言うと雑誌に目を通す林。

 「ん? ん~? ん?」大きく目を見開く林……
それを見た後輩、
 「林さん、どうしたんですか?」
 と不思議そうに聞いた。

 「いや、何でもない……」と言うと、
珈琲をマグカップに注ぎ飲み始めた。

 生配信が終了すると、
 「さてと、俺、今日はもうあがりなんで」
 と言うと後輩は着替えを済ませ帰宅して行った。

 夕方、コンビニに立ち寄る林の姿、
雑誌コーナーから雑誌を一冊取ると、
レジでお会計を済ませ、自分の部屋に帰宅する。

 テーブルには、昼間休憩時間に
後輩から見せられた雑誌が置かれた。

 林は、引き出しから油性マジックを
取り出すと、『表紙に写るYUIの顔』に
何やら書き込んだ。

 そして、呟いた。
 「やっぱりそうだ」驚く林。

 テーブルの上に置かれた雑誌、

 表紙を飾るYUIの顔には、
油性マジックで、頭の部分に
被せるようにフワフワの
綿あめを描いて黒く塗り潰し、
顔には数本のしわが書き足されていた。

 なんと! そこには、まぎれもない
『キヌコさん 六十三歳』の顔が
浮かび上がっていたのだった。