同棲

令和2年

「もう入院するとでけんばい」私、37歳は福岡県にある七里ヶ浜精神病院での半年間の入院生活を経て退院した。迎えに親父が車でやって来た。今回の入院は長かった。半年前の出来事が思考に浮かんできた。電子部品会社への入社初日のハプニングだった。周りは女性ばかりの配属先。不満はないはずだ。昼休みになり、妙な気分になり、夕方、ご無沙汰している。精神病院に行ってみるかと思い始めた。これまでに、22歳で統合失調症を、発病して、3度の激しい陽性症状に襲われて3度。精神病院の独房室にぶちこめられた。入院すると、被害妄想から突然に脱出する。そして、一カ月で退院して。次の日から通院も薬の服用もしない。これがいけないのかは、理解できないが。三度の入院も、精神病だと言う自覚は無いに等しい。無論。仕事は。病気はクローズだ。家に帰ると、翌日には、求人案内を片手に仕事を探す。通勤距離は、1時間かかるが、給料20万と書いてある。私は、早速応募して、即決で決めてきた。入社初日。私は、同期入社でやって来た。荻野真子21歳にビビっときた。しかし、部署が違う。昼休みになると。真子は独身野郎が皆んな。目をつけているのを感じた。この工場の女性人は高齢のおばさんがメインだ。プラスチック容器を作っている。単純作業の黙々、コツコツ作業だ。休み時間になると、おばさん達が。今度入って来た。派遣の娘は、独身だよと煽ってくる。そんな日が、3週間続いた。そして、好奇心旺盛なおばさん達は。私に、今日は、会社終わったら、荻野さんは近くの歯医者に行くよと教えてくれる。私は即、歯医者に出向くと、いきなり受け付けの女性が、今、荻野さん、中にいますよと呟いてくる。妙だな。この女性は今日きたのに、何故、知ってるのか。オバサン達の会話が漏れていたのだろう。天は私を味方にしてくれた。その日、すれ違いで、顔を合わす事はなかった。数日後、仕事が終わり、喫茶店で珈琲を頂いてると、窓越しに、荻野真子の乗った愛車が、スーパーの駐車場に侵入してくるのが見えた。急いで会計を済ませて、真子を捕まえに走った。スーパーの入り口に入った途端。天から声が聞こえてきた。
「真子」
私は咄嗟に座り込み、倒れてしまった。近くにいた。真子の視界にいた。真子は。会社の人だと、直ぐ、そばにやって来た。そして。
「どうしたの」と聞いてきた。私は、天から声が聞こえてきて。救急車を呼んでくれと頼むと、真子は私が連れて行くわ、どこの病院と聞いてきた。咄嗟に七里ヶ浜精神病院と伝える。間を与えずに話したのが、幸いした。じゃ車に乗ってと、真子の助手席に座る。これがふたりの出逢いである。

私は福岡市郊外で実家に住んでいる。真子は、マンションを借りている。家賃五万。真子は、短期大学卒業で就職しなかったらしい。とりあえず、派遣会社で働いてる。真子とは、18歳の年齢差がある。妙に気が合う。試しに。一緒に住む。家賃は全額払うよと言ったら。シェアハウスと、言ってきて、ひとつ返事でいいよとなった。私は。もしや。怪しい女性かもしれない。暫く様子を見る事にした。それに、精神病院に出入りしてるのに、気安い女性である。とにかく、工場に勤めながら同棲が始まった。私はとにかく、いつでも、逃げれる様に鞄ひとつで居候から始めた。一カ月経ち。真子は遊び人所か、真面目な超がつく真面目な女性だった。今時、こんな女性もいるんだ。もちろん、私も。身体を触ったりはしない。大胆なのは、真子の方だ。バスタオル一枚で部屋の中で私の前をウロウロする。私はいつも、視線だけは釘付けだ。それに対して文句は言わない。
私は。職安に行ってきて。自動車工場の求人を持って帰って、真子に相談した。すると、真子もボーナス四カ月に興味を持ったみたいだ。女性も募集している。生産管理と書いてある。真子は一緒に働きたいと言う。私は。精神病院に四度入院してるが、一ヶ月の入院で履歴書には、書く必要がない。健常者と一緒だ。仕事には自信がある。夜勤も二交代もやってきた。それに、障害者手帳も持ってない。ただ、精神の病を背負ってるだけだ。今の世の中。病気をオーブンにして働くなんで、常識外れだ。問題は、真子と住所が一緒だ。とにかく。ふたりの関係は親戚とした。

私と真子は。一緒に面接に伺った。工場は、マサキ製作所。車のエンジン部品や外観部品の塗装、組み立てをやってるらしい。某大企業の下請けだ。私は、30代後半だ。一応の年齢制限は、工場は35が暗黙の了解だ。この工場の平均年齢も27である。真子は、チャーミングだし。私の影武者にしようと考える。面接官の意表をつく思案だ。案の定。真子は正社員採用。私は転職歴の多さから。三カ月の試用期間となる。面接をした工場長は、工場の門を広く開けています。でも、中に入ったら、大変ですよと付け加えた。入社までは、あと三日ある。真子が尋ねてきた。
「龍太郎さん。精神科にちゃんと通院してよ。私。調べたら、この病気は再発しかねないから、定期的な服用と通院が必要だと書いてあったわ。じゃないと、マンション出て行ってね」と。真子は私の薬袋を取って。ちゃんと一週間分、私が仕分けしますと。私の薬の服用を管理する約束をした。そして、小指で誓った。すると、真子がまた、質問した。
「暴力とか喚いたりもするのですか」私は。「冗談じゃない。病気はおとなしいものだ。思考の中で妄想するだけ。他人に危害は加えた事はない」と断言した。真子は私の病気を不思議そうに問い詰める。私はなんで真子と一緒に住んでるのかが不思議だ。真子に聞いてみた。
「真子は。お母さんは実の母親だが、お父さんは、3人目で。皆んな病死なんだそうだ」それ以上は聞かないでいた。明日は土曜日。診察の日だ。真子はついてくると言う。仕方なくふたりで精神科に向かった。病院につくと、皆んな。びっくりしてる様だ。何せ、18歳も年齢差のある彼女を連れてきている。主治医は、75歳を超えている。あまり、とやかく、説教もしないでくれた。とかく、皆んなには。彼女ですと伝えた。その夜は、真子の友達と4人で居酒屋だ。真子は、彼氏と紹介した。私は。これは、本音なのだろうか。部屋に帰ってから聞いてみると。意外な答えが返ってきた。
「彼氏でもないのに。一緒に住む分けないでしょ、バカ」私は。こんな出逢いも、あるのかなと妙に納得してしまったのであった。

入社して一カ月。ネットで検索すると、月収16万なんて。安月給の世界。世間ではダメ男のレッテルが貼られている。私は今まで。そうゆう事に無関心であった。都会では格差社会が広がってるが、田舎は、給料水準も半分以下である。工場では三日前から、仕事がないと、一日の大半は敷地内の草むしりをやり始めた。噂によると経営が傾いてるらしい。それに、コロナの影響もある。生産停止もたまにある。女性従業員ものんびりしてる。食堂でぜんざいを作ったらしく、俺達に配ってきた。こりゃ。非正規労働者じゃないが、まだ。試用期間中、正社員じゃない。それに、ボーナス4ヶ月に騙された勘もある。基本給の設定は、5万という安さ。残りの10万は職能給と言う設定だ。大卒と高卒の格差賃金も大きい。来月から、等級制度が導入されて、高卒は一等級。大卒は二等級と言う、階級制度に決定された。そして、トドメの知らせが飛び込んできた。明日の朝。東京の本社から何か話に取締役がやってくるらしい。それは、景気悪化の話題だ。かなり厳しいらしい。夕方、私は課長に呼ばれた。
「済まない。龍太郎君。会社の経営悪化で、正社員に登用の話はなかった事に。今月で解雇を言い渡す」がーん、私は、怒りはしなかった。仕方がない。真子には通告はなかった様だ。部屋に帰ると、真子がビールを買っていた。結婚してもいないのに、なんとも奇妙な日常だ。今日の出来事を真子に告げた。すると、真子が意外な提案を要求してきた。

「龍太郎さん、障害年金制度ってあるの知ってる。申請してみれば、なかなか田舎じゃ、給料も安いし、いつ潰れてもいい会社しかないし」私は考えた。サラリーマンやるには不利だが。フリーランスで働くなら割りのいい話かもしれない。早速、精神科のケースワーカーに相談するも。そう簡単にもらえるものでもないらしい。まずは、仕事には。最低一年半はつけないと言う証明の為に、精神科デイケアで、過ごす事を勧められた。とにかくもう37歳だ。仕事につけても、給料16万の世界。tiktokなどを見ると、底辺の仕事の世界。どうせなら、結婚して生活保護もらったほうが良さそうな世界。真子もまともな働き方をしていない。このふたりに未来は見えないが真実。抜け出すには真子が夜の仕事へ、そして私は、専業主夫。が現実だ。
「龍太郎さんは、才能ってないの。私にはない」私は。過去の病気の話をした。そして、スピリチュアルと言う言葉に触れた事を。半年前に退院した。その時の出来事を語り出すと、真子が気を乗り出してきた。
「幽霊を見たんでしょ。それって才能じゃない」私は。真子をナレーションに動画を作った。真子は、22歳になったばかり、自慢ではないが、百万ボルト、嫌。一億ボルトの雰囲気はある。そして、私は真子をモデルに写真を撮った。インスタグラム、tiktok、YouTube配信に挑む。

私は、とにかく毎日、真子を連れて写真を撮った。私は絵画より勝るのは、女性の顔の芸術だと思う。地球には、男性と女性しかいない。女性は第一に顔だと思う。そして、男性を癒すのはモデルの写真。私は絵画のモデルには興味を持たない。その美しさを表現できるのは、美しかない。自分の文章では、いいねもたかが知れてるが、この真子の芸術はそれなりに、アクセスが増えた。そして、この年齢差18のフィアンセ。スピリチュアルの宣伝効果はこうして出来上がった。真子は。聞いてきた。
「お金にはならないけど、宣伝にはなったね。スピリチュアル業界って面白そうね。年齢差18って、運命の人の基本見たいよ。でも、不倫のいいわけに繋がるから、スピリチュアルを、否定する女性も多いらしいし」ふたりは、2部屋の内の一部屋を、スタジオ風に模様替えを始めた。だいぶ、照明の当てかたも上手くなったようだ。そして、この動画のテーマを思案した。人を見る目は大事だと言う結論。年齢差18の独身者が、身も知らない、相手と同棲生活をする。そう簡単にできることではないが。一昔前の男性や女性には、不可能な事だ。なぜなら、前提に身体の関係と言う意識がある。だから、永遠に、男性と女性の友情は成立するかと言う論争に陥った。セックスをスポーツと捉えるならいい。でも、日本人は、エロと捉える異性が大多数を占める。

「龍太郎さん。霊的能力ないの。その幽霊を見た。話をして」
「数年前。新聞配達をしてた時の話だ。ある病院の坂にやって来た。頂上を見ると、不自然にも横から、人間の乗った。バイクが突然現れた。それも、眩しいライトをめちゃくちゃ照らして、俺は他の販売店だ思った。頂上に来ると、そのバイクが消えた。先は行き止まりで、崖だ」それにしても、あの光景は不自然だった。幻覚にしては。出来すぎている。それも、仕事中の僅かな時間の流れ。それを聞いた。真子は、今、お腹痛いから、手を当ててみて。私は言われた通りに真子のお腹に手を当てた。
「えっ治ったよ。お腹がぐーぐー言ってたのに」私はマジかよと思った。そして、真子は、無造作に、10円玉を宙に投げて。手で掴んでから、私に、表か裏か聞いてきた。私は、表と答えると。なんと表になってる。その時。固定電話の音が鳴り響いた。受話器に向かうと、発信者は、龍太郎と画面に出ている。私のスマホは、テーブルの上にある。誰も手に触れていない。そして、床に、大きな蜘蛛が現れた。ふたりは、30秒間。じっとしている。蜘蛛と睨めっこした。不思議な偶然にふたりはまさか。同時に声を発信した。
「霊的能力」そして。偶然に手のひらを見ると、金色に光ってる。金粉が出ている。本棚に一年前に買って読んだ。一冊の本。ESP科学と言う本。宇宙的パワーが書いてある。六次元パワー。詳しく調べると、ESP科学研究所。石井とある。この創設者は、ある日突然、目を覚ますと、手が勝手に、文字を書き始めたと。その文字は。助け。その人は。不思議な力を感じて。自分の能力で。腹痛とかが。手を当てるだけで治るという現象を目の当たりにして。世界の人々を難病や苦難から救おうと。自分一人で立ち上がったらしい。自分にも。そんな能力が開花したのだろうか。

私は真子の提案で、下益城郡美里町の日本一の石段。3333の階段にやって来た。と言うのも。今朝は、3時33分に目が覚めたのだ。魅力的な数字。ベリー氏によると、3という数字は主要なエンジェルナンバーの1つで、運命や精神的な成長と強い結びつきがあるそう。数字の3を3つ同時に見ることは、大きな意味を持つとのこと。スピリチュアルな人生のスタートを意味するかもしれない」とのこと。真子は、ハーフスリーブシャツにショートパンツ。私は身軽なトレーナー。真子になんで、ここに来たくなったのか尋ねた。「修行」と一言。「さあ登りましょう」私は、百段目で。苦しいと叫ぶが。若い真子は、手を引っ張り、誘導する。2時間かけて登った。
「出逢ってから、もう半年。季節は秋。令和2年もやがて終わる。真子はしきりに動画に写真を撮っている。アピール素材に使うらしい。3時間かけて降りてくると。そして。その足で、阿蘇の白糸の滝に向かった。20mの高さからの水が流れ落ち、夏は避暑に最適で別名「寄姫の滝」とよばれ不思議な伝説がある。
私は、真子の命令で。上半身裸になり、滝に打たれてる。シーンを動画に撮られた。やはり、動画サイトのアピールにするらしい。寒かったけど、何とか耐えた。しかし、暫くして、風邪を引いた。熱が出て動けなくなる。
私の看病をする真子が言うには。私達二人とも、幸せだそうだ。私は真子に甘えてるだけだが。真子は違うと言う。毎日のように、私を見ていて。感じて思う事があるという。それは何か? 私は分からない。
真子は言う。私は今のままで良いと思う。だから無理に変わる必要はない。変わろうとするより。今の自分を認めてあげる事が大切だと思うと。私が風邪を引く前。二人で、阿蘇神社に行った時。おみくじを引いていたら、こんな言葉があった。
『自分の事ばかり考えていてはいけませんよ』
神様がそう言っている気がした。真子は、私の事を考えて、色々としてくれている。だけど、私だって真子の事を考える事が出来るはずだ。そう思って、真子を抱きしめると。彼女は笑顔になった。
今日も私は元気です。真子と一緒なら何も怖くない。