ピンポーン……。
  悠の部屋のインターフォンが鳴った。
  悠が玄関のドアを開けると、目の前に
『キヌコさん仕様』の唯が立っていた。
  「こんばんは……いらっしゃい」微笑んだ悠は唯を
 部屋に招き入れた。
  リビングに入ったふたり。
  唯はウィッグを外すと、「お仕事で疲れているのに
 夜分にすみません……」と呟いた。
  「大丈夫だよ。気にしないで」
  「どうしても、悠さんに伝えてもらうようにお願い
 したら、林さんに直接自分で伝えた方が
 いいと言われて……」
  「そうだったんだ。メモ見た時は驚いたけど
 キヌコさん……あっ……唯ちゃん」
  「キヌコさんでいいですよ……」
  唯が微笑みながら言った。
  「どうも、こっちの方がしっくりくるんだ。
  キヌコさん壁乗り越えられたの?」悠が聞いた。
  「はい、悠さんと撮影現場で会った後に無事乗り越え
 られました。
  あの時も、悠さんに背中押されたから……」
  「そうか、よかった……」
  「それで……私、デビューが決まりました」
  「えっ……本当?」
  「はい、某清涼飲料水のイメージガールとCMに……」
  「うわぁ。凄いじゃん。凄いよ」と言うと悠は唯に
 抱き着いた。
  「ふふふ、悠さん、痛いですよ……」 
  悠の腕の中で微笑む唯。
  唯を抱きしめたまま……悠は、
  「本当によく頑張ったな。キヌコさん……最高! 
  流石! 俺の『推し!』」と言った。
  「でも、まだ悠さんからもらった台本ケースを
 使うまでには行き着いてないので……」
  と唯がすまなさそうに呟いた。
  「じゃあ、約束しようよ……」
  「約束?」
  「そう、俺との約束。いつか俺と一緒に
 作品を創る……」
  「それって、共演ってことですか?」
  「そう、『RAINの悠』じゃ、役不足?」悠が微笑んだ。
  「そんなこと,悠さんにそう言ってもらって、
 とても幸せです……」
  「じゃあ、俺はその時が来るまで全力で唯ちゃんを
『推し』まくるから、どんな時も俺が
 推してること忘れないでね……」
  「はい、必ずあなたの前に立てるような女優になって
 みせます。
  悠さん、私、あなたと約束します」
  「うん、わかったよ。
  じゃあ、俺も君と約束するよ……」
  と言うと悠は唯の耳元で囁いた。
  唯は、悠の言葉を聞くと満面の笑みで、
  「はい……」と頷いた。
  ほどなくして唯は、清涼飲料水のイメージガールと
 CMに『YUI(ゆい)』として芸能界デビューを果たす。
  少しづつではあるが、知名度も上がって来た。

  一方、悠は、『RAIN』の活動も安定し『アイドル』
 からも脱皮し『アーティスト』として活躍する。
  そして『俳優』として活動範囲を広げていった。

  撮影の合間、唯はふと思う。『RAIN』のライブで悠を
 知って偶然に悠の部屋で仕事をすることになり、
 雅社長に見つけてもらい、悠に背中を押され励まして
もらい支えてもらい今この場所に立つことが出来た。

  「『アイドルに推された……私』
  夢物語のような真実の物語……
  みんな絶対信じてくれないよな。
  でも、悠さんと約束したからな。頑張るって……」
  と唯は呟いた。

  今も唯の耳に残る悠の囁き声……

  「俺も、君と約束するよ。
  唯ちゃんが、俺の前に来てくれるまで
 ずっと待ってる。ずっと待ってるから……」

  優しく微笑む唯、彼女が進む道のりは
 まだまだ続く……。


  ~アイドルに推された私 完~